第18話 人間許しまじ! その2
「とりあえず、第一目標は情報収集、それに軍備の再編成かな」
「かしこまりました」
「リベル、メイド部隊に城内の警備レベルを上げるように。それとオルディアは守備隊に戦闘準備をするよう伝えてくれ」
「わかりました。オルディア、お願いしますわね」
「あいよ」
ロランは次にオークへ視線を向けた。
「オドは森の魔物たちを指揮して、周辺の偵察をしてくれ。何かあったらすぐに報告を」
「承知。それと同時に例の街の様子を見てもよろしいでしょうか?」
例の街、それはレオが住んでいた街のことだ。帝国軍が駐留している可能性があった。
「あぁ、頼む」
「かしこまりました。我が主様」
そう言って、オドと呼ばれたオークが重量のある巨体を動かして部屋を出て行く。
「カミラは帝国の動向の調査を。わかったことは逐一僕に伝えてほしい」
「ん。任せて」
「そういえば、ヨナ。騎士団はどう?」
「はっ。骸骨騎士団総勢500名が王城広場にて、待機しております」
生気のない声だ。顔が青白い女騎士だと思っていたレオは予想通り、ゾンビだったんだ、と思った。
「よし、ならいつでも出陣できるようにしておくよう、言ってくれ」
「御意」
ヨナは騎士風の一礼するとその場から部屋を辞した。
「さて、レオ」
「え、わたし??」
自分が呼ばれることはないと思っていたレオは変な声が出た。
「君には僕と一緒に来てもらうよ」
「え? どこに??」
「ちょっとした特別なお仕事だよ」
そう言うとロランは不敵に笑った。
♦♦♦♦♦
ロランとレオの姿は魔王城の一画にある厨房にあった。ここは城に詰める魔物たちへ食事を配る場所で食堂が隣接している。
骸骨、ゾンビ、それにオークにゴブリン、どれも異形の者たちが食堂でわいわいと会話をしている。
レオは最初、自分は夢を見ているんじゃないかと思ってしまうほど、現実味がない空間だった。
しかし、なぜか、どの種族もおぞましい顔をしているのに動きやしぐさ、笑い声をあげるところなど、どこか人間味があり、不思議と怖い、とは思わなかった。レオは知らなかったが、魔王ロランの大切な客人であり、手を出すことを禁ずるというリベルからの厳命がされていたため、魔物たちはレオに対して、友好的に接していた。
それにレオは一応、魔族ということにしている。これは、人間が魔王の城の中にいると知ると大パニックが起きるからである。
そんな厨房の中、熱気と料理をする音が響き渡る中はレンガ造りの竈が複数並び、大きな鍋がぐつぐつと煮えていた。それに吊るされた大きな鍋。隅には木箱がたくさんあり、その中には珍しい食材の数々。それをオークの料理人がさばいていく。オークたちは身体が大きいため、厨房はすこし窮屈感があった。
「ワインが足りんぞ! ワインもってこい!」
「肉もだ!」
「野菜をもっと持ってこーい」
大騒ぎしている連中から少し離れたところで、レオは紫色の何か赤黒いものが付いたエプロンをつけて、黙々ととある作業していた。その後ろからロランがまだかまだかとそわそわしている。
「なぁ、レオ、ほかに何がいる?」
「ううん。これで大丈夫。あとは形を整えて、竈で焼けば完成だよ」
「おぉお?! 本当か??? なら早速焼こうよ!!」
そういって、取ろうとするので、レオが遠ざける。
「まだ早いって。その前に竈に火をいれないと」
「あ、そうか、そうだよな!」
そう言ってロランは竈に駆け寄ると薪をくべた。その瞬間、火柱が上がる。
「あぶっ」
慌てて飛び退くロランにレオは呆れたような視線を向けた。オークの料理人も苦笑いする。
「魔王様、ちょっとはしゃぎすぎじゃないですか?」
「そうですよ。魔王様が自らがこんな場所にいるだけでも異例なのに……」
「正直、やりにくい……」
誰かがボソつく。オークたちは同意するように全員が無言でうんうんと頷く。しかし、ロランにはその迷惑だよ、という言葉は聞こえなかったようだ。
「だってさ! 待ちに待った僕の大好きな『お菓子』ができるんだよ? そりゃはしゃぐでしょ??」
目を輝かせて見上げてくる少年が魔王であることに、いまだに慣れていない様子の料理人たちだった。そして、形を丸く整えた小麦粉の塊を竈の中へと入れていく。ジュッと音を立ててこんがりと焼き色がつく。香ばしい匂いが立ち込める。しばらくして、焼きあがったものを取り出してみると、それは……。
「おぉおお!! これこそ、まさに僕が求めていた焼きたてのクッキー」
ロランは人間の街へ魔物を人間へと化けさせて、お菓子を買い出しに行かせていることがあったが、いつもできてから数時間は経っているもので、焼き立てが食べてみたいと夢見ていた。オークの料理人に作らせようとしたが、どうも理解ができず、諦めかけていたところだったのだ。それが今、目の前にある。ロランは嬉しすぎて涙目になっていた。
「さぁ、熱いうちに早く食べよう」
ロランは手づかみでクッキーを口に運んだ。サクッとした歯ごたえのあとに、バターの香りが広がる。美味しい。今まで食べたどんな菓子よりも美味しかった。
「おいしい……おいしいよぅ……あぁ生きててよかったぁ」
泣きながら食べる魔王を見て、オークの料理人たちは唖然とした表情を浮かべていたが、やがて笑みを浮かべる。こうして、ロランの魔王生活におけるささやかな楽しみが増えたのであった。
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