第19話 残虐非道の女将軍
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その頃、西側の帝国国境線沿いで、戦闘が起きていた。帝国の領土へ攻め入らんとするオーソル王国の軍に対して、帝国の氷の将軍と呼ばれたシルビアが迎え撃つ形で戦端が開かれていた。
シルビアが率いる軍はオーソル軍に劣っていたが、それでもかまわず、敵陣営へ猪突猛進していく。先頭に立つシルビアはまさに鬼人の如き戦いぶりを見せていた。彼女はこの戦場において、たった一人で数百人近い兵士相手取り、次々に斬り伏せていく。彼女の通った後は血の海となっていた。そんな彼女に恐れをなした兵士が悲鳴を上げて逃げ惑う。
「貴様ら! 逃げるな!! 立ち向かわないかッ!!」
指揮官らしき男が叫ぶが誰も聞く耳を持たない。むしろ恐怖に駆られて、さらに混乱するだけだった。驚きとどまったオーソル兵に対して、シルビアは悪魔のような笑みを浮かべる。細身の身体に鎧すら身にまとわず、ただ己の持つ1本の剣だけを武器に戦うその姿は、まさに死神そのもののように思われた。
戦場のど真ん中で、彼女は両手を広げる。
「さぁ、このシルビアを楽しませてくれるやつはいないのか?」
彼女が声を発した途端、兵士たちは震え上がった。もはや誰一人として彼女に立ち向かう勇気のある者はいなかった。しかし、ただ一人だけ果敢にも立ち向かった男がいた。それは、シルビアが斬った兵士の一人の父親であり、また自らも勇敢に戦った戦士でもあった。男は仲間たちを押しのけていき、斧を振りかざして、シルビアの前に仁王立ちする。
「おれはゴルゾン! 息子アゲイルの仇を討ちに来た! いざ尋常に勝負しろッ!!」
名乗りを上げた男の目は息子の仇を討とうという闘志がみなぎっていた。
「ふっ。面白い。勇敢なことは認めてやろう」
そういうとシルビアは剣を目の前に出し刃に手を添えるように構えて、唱えた。
『――――“アイス・ソード”――――』
すると、刀身が凍りつき、鋭く尖っていく。それを見たゴルゾンの顔色が青ざめる。彼は知っていたのだ。あの武器の恐るべき力を。
「さぁ来い」
シルビアは誘うように手招きする。
「くっ! 舐めやがって!!」
ゴルゾンは雄たけびを上げ、渾身の力で斧を振るった。だが、彼の攻撃は簡単に受け流されてしまった。刃が凍っていることもあり、刃へと加わる威力が半減されてしまっていた。そんなことはわかっているとゴルゾンは斧を振るい続ける。しかし、シルビアには髪の毛一本も触れることはできなかった。
「くそぉおお!!」
怒りに任せて、何度も振るうがことごとくかわされる。まるで子供を相手にしているかのようにあしらわれてしまう。シルビアがもう飽きてしまったのか、つまらなさそうな顔をしたその時――――
「そこだああぁあ!!!」
隙を狙っていたゴルゾンが急に懐に飛び込んで、腹部を狙って斧を振る。斧が触れる瞬間、シルビアは小さくささやく。
『―――“アイス・アーマ―”――』
次の瞬間、シルビアの腹部だけが冷たい冷気を帯び、凍っていく。刃が触れたその衝撃で、ゴルゾンの手から斧がこぼれ落ちる。思わず、凝視してしまう。危険が去ったことを察知したのか、氷は徐々に解けていき、何もなかったかのように元通りになる。
「そんな……ばかな……」
魔法を発動させる場合、魔方陣を書かくか、もしくは魔法を発動させる道具が必要だったが、シルビアは口ずさんだだけで、魔法を感嘆に発動させたのだ。それも瞬時に。
「ありえん。一体、どうやって……」
「これが女神の加護、というやつだよ。ゴルゾン君」
「か、女神の加護だと……」
シルビアが言う通り、女神の加護を受けている者ならば、言葉だけでも魔法を発動させることが可能だった。
「ふ、ふざけるな! 貴様がなぜ、神の加護を受ける!」
それにシルビアは左手の甲をわざわざ見せつけてきた。そこには火傷の痕が残っていた。しかし、それは、火傷というべきものなのか。紋章と古代文字のようなものがうっすらと見えた。
「あ、ありえない……こんなことが……あるはずがない」
「では、無能な貴様に教えてやろう。我が祖父はエイデン・フォール・エクセルア。かつて女神より加護を受けた勇者。そして私がその孫にあたる」
「エイデンだと……ふざけるな。残虐非道の貴様が勇者の孫などを―――」
その言葉を言った瞬間、シルビアが自分よりも大きな男の首を握りしめ、持ち上げていた。
「ぐっ……この、化け物が……」
「口の利き方に気をつけるのだな。私は“勇者様”だぞ」
「だまれ……この……悪魔が……」
それにシルビアは眉を八の字にして、呆れたという顔をした。それから口橋を吊り上げるとまさに悪魔の微笑みに近かった。手に力を込めていく。細い腕からは想像がつかないほどの握力で、ミシミシと嫌な音が響き渡った。
「あぎゃあぁああっ!! いぎぃいいいいいいぎぎぎ」
ゴキッ 鈍い音とともにゴルゾンの首の骨が折れる。そのまま手を放すと足元でドサリと落ちる。
「ふん。雑魚は雑魚らしく、おとなしくしてればいいものを」
シルビアは吐き捨てると周りで見ていたオーソル兵たちに向き直る。彼らは恐怖に震えていた。シルビアはその姿を見て、笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいて両手を広げた。
「さぁ、殺し合いを始めようか可愛い子羊たちよ」
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