第17話 人間許しまじ!

「そ、そんなこととはなんだ! 僕には重要なんだぞ! 死活問題だ」

「いいですか? 仮にも我が主様は魔物軍の総大将ですよ?? お菓子欲しさに魔王城へ人間を招き入れたなんて他の有力者たちにでも聞いたら……」


 そこで、リベルは言葉を詰まらせ、再びため息をついた。


「はぁ……頭が痛くなってきました」


 頭を抱えるリベルにオルディアがフォローに入る。


「別にいいじゃねーか。そんくらいさ~」

「よくありません。魔王の座を狙っている者がどれだけいると思っているのですか?」

「なんか、すみません」


 レオはやっぱり、自分の目の前にいる少年が魔王なのだとわかったが、心の底から恐れることはなかった。どこか、親近感が湧いてしまう。村で聞かされていたのは、巨大な体躯を持ち、人を攫っては喰らい、世界を滅ぼそうとする災厄をもたらす者、と言われたわりにはそうには思えなかった。


「で、どうなんですか? 作れるんですか?」


 リベルからの唐突の質問に驚いてしまい、聞き取れなかった。


「え?」

「お菓子です」

「あ、えっと……昔、おばあちゃんに作り方を教えてもらったから……多分…?」

「なら、決まりだね!!」


 ロランは椅子から立ち上がるとレオに歩み寄り、手を両手で掴んだ。ロランの手からはどこか、優しさに溢れた温かさを感じた。


「今日から君は僕の専属お菓子職人として、この魔王城で働いてもらうよ」


 強制的にお菓子職人にさせられたことにレオは顔をひきつらせる。でも、命を救ってくれたお礼はしたかったのは事実だったので、その申し出を受け入れることにした。小さく、首肯する。それにロランは満面の笑みで喜んだ。


「じゃあ、早速———」


 何かを言おうとした瞬間、ロランの私室の扉がノックされる。


「なに? 僕は忙しいんだけど?」


 扉の向かい側で息を荒げながら告げられる。


「急の知らせです。ただちに軍議室へ」


 それにロランは笑みを失い、真顔に戻る。




 ♦♦♦♦♦




 急の知らせが来たことにロランは少し不機嫌になっていた。


 レンガ造りの壁の通路を歩き、軍議室の前に立ったところで、ロランが何かをふと思い出したかのようにレオに振り向く。


「流石にこのままではまずいよね」


 リベルに視線を向けると彼女は縦に首を振った。オルディアも確かに、とつぶやいた。


 ロランは指を鳴らす。するとレオの頭から突然、ねじれた角が生え始めた。何かむずがゆい気持ちになる。何が起きたのかと思い、慌てて、頭を触ってみると確かに角のようなものが生えていた。


「え?」

「大丈夫。ただのフェイクだから。本当に生えたわけじゃないから安心して」


 そういって、ロランは笑みを浮かべる。


 軍議室の中へ入ると魔王に仕える幹部たちが勢ぞろいしており、神妙な面立ちでロランが来るのを待っていた。部屋の中には顔が真っ青な生気のない騎士の身なりをした黒髪の女性、体毛に覆われた豚鼻の大男、リベルと同じ瞳をした革鎧を着た目の細い小柄なショートヘアの少女、頭に二つの小さな角が生えた老人が一斉に視線を向けてくる。彼らは全員、立ち上がると、恭しく頭を下げた。


 ロランは返礼した後、長机の中央に腰をすえるとオルディアが右側、リベルが左側に立ち、その後ろにとりあえず、ついて来てしまったレオが控えた。


 長机の上には魔王ロランの居城がある場所とそこに広がる森、それに点々としている村や街が記された地図が広げられていた。ロランはそこへおもむろに視線を向ける。


 眉をしかめて、身体を乗り出して覗き込んだ。


「ち、ちょっと待って、僕の領土内が大変なことになっているじゃないか?!!」


 それにリベルがえぇと答える。


「こ、こんなに人間の村や街があるのかっ??!」


 驚きを隠せなかった。リベルからの報告は事前に聞いてはいたが改めて、地図で見るとその規模は想像していたよりもはるかに広い。


「間違いじゃないのかこれ??」


 二本の角を生やした老人風の魔族が口を開く。


「我らが主よ。この150年の間に――」

「なんだこのリュデンヌ地方という名前はッ!!? バルザード地方の間違いだろ?? 誰だ書き間違えたやつは??!!」


 地図をペシペシと叩く。それにリベルは苦笑いする。


「地方名も変わっているようですね」

「ぐぬぬぬぬ。おのぉれぇ~人間どもぉおおおおめぇえええええ」


 拳を握りしめる。怒りで震えていた。


「ロラン様、どうか落ち着きを」


 オークがそう言う。


「これが落ち着けるか?! 僕の領土内の人口の半分以上がこの辺に集中してるんだぞ??!! しかも、街とか村の名前も全然違うものになってるし、なんだよこれ、誰だよ、こんなことしたやつ!! てか、なんでこんなになるまで、野放しにしていたんだ!!!?? おかしいだろ!!!」

「えっと、それは…………すみません」


 リベルが申し訳なさそうな顔をしているとオルディアがロランに声をかけた。


「だったら全員、ぶっ殺せばいいじゃん」


「おいおい、オルディア、それはさすがに短絡的すぎないか?」


オークが苦笑いしながら言う。


「ここで、あーだこーだ言うより、早いと思うけどな。なぁ、そう思うだろ? 我が王よ」


 それに先ほどまで黙って聞いていた顔が青白い黒髪の女騎士が口を開く。


「確かにオルディア殿の意見には一理あります。どうせなら今すぐ攻め込みましょう」


 それにロランが待ったをかける。


「いや、それだと色々と面倒になるから、まだダメだね」

「どうしてですか?」

「だって、全面戦争にでもなってみて。戦力もどれだけあるのかもわからないのに、そんな無謀なことできるわけないじゃないか」

「ですが、このままでは我々の領土がどんどんと侵食されていきます。いずれ、魔王様のお命も危なくなるかもしれませんよ?」

「それもわかっている。だから、まずは情報収集からだ。そう思わないか、カミラ?」


 カミラと呼ばれたショートヘアの少女が赤い瞳を向けてくる。服装は貴族のような服装で、どこか大人びた印象を受ける。


「ん。魔王様の言う通り。情報は命」

「うむ。そのほうがよいのう」

「ロウコウ、フェレン聖騎士団の動き、探れる?」

「我が主様のご命令とあらば、この老骨、すぐにでも行ってまいりましょうぞ」

「なら頼む」

「ははっ」


 ロウコウは頭を下げると、そのまま一瞬にして姿を消した。


「それで、我が主様。どのように動きますか?」


 リベルが尋ねる。


「そうだな……」


 ロランは腕を組み、しばらく考える。自分の領内に多くの人間が入っていること。そして、レオがいた街が帝国軍によって占拠されていること。元々はそこは魔王の領土だ。それを取り返したい気はしたがやはり今は動くべきではないと考えた。ロランは地図上の魔王城がある場所を指差す。

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