第14話 フェレン聖騎士団 その2

 言い争いの中、一人だけ、円卓の上に置かれているエルデア大陸の地図を見つめていた。赤い瞳をした少年が現れた場所を確かめる。


 リュデンヌ地方の場所に視線を止め、人差し指で叩いた。グェンが目を細め、記憶を辿る。


「……そういえば、その問題となっているリュデンヌ地方は一昔前まで、魔王ロランが棲みついてたと書物に書き記されていたな」


 記憶が確かか不安になり、後ろへと視線を向ける。グェンの後ろに控えていた見習い騎士がそにに肯定するように頷く。間違ってはいないようだった。


 言い争いしていた部屋が一瞬で静まり返り、立ち上がった上級騎士らも乱れた服を整えて何もなかったかのように席についた。


「魔王ロランか。確かにそいつも少年の容姿をしていた、と書き記されていたな」

「しかし、話では魔王ロランは勇者によって討ち滅ぼされたと聞くが」


魔王ロランは勇者によって、倒されたというのが通説である。確かに150年の間、彼の姿を誰も見ていない。しかし、倒したという確固たる証拠もなく、フェレン聖騎士団では『行方不明』の扱いにしていた。


グェンは、机に指先で何度か叩いた後、考えをまとめる。


「今、エルデア大陸では何かが動いているのは確かだ。だが、それが何者なのか、我々は見極めねばならない。ことを動かすのはそれからでも問題ないだろう。そこで、フェレン聖騎士団による正式な調査隊派遣をしようと思うのだがいかがだろうか?」


 グェンの提案に白髪の上級騎士らが互いに顔を見合わせて、少し考えたあと口を開いた。


「異議なし」

「異論はございませぬ」

「右に同意じゃ」

「わしも問題ないの」


 満場一致で、フェレン聖騎士団による調査隊の派遣が決定した。異論を唱える者もいなかったため、グェンは大きく頷くと用意していた書面に羽ペンでサインし、封蝋印を押した。その書類を後ろに待機していた見習い騎士に渡す。受け取ろうとしたとき、耳元で囁いた。


「第四騎士隊のエイラムを呼びたまえ」

「はっ。承知いたしました」


 見習い騎士が恭しく頭を下げ部屋を出るときに振り返って一礼した。


 それから部屋には重たい空気が流れた。一人の上級騎士が腕を組んで、大きなため息をついた。


「バルグガルドでなければよいのだが」


 それにグェンが両肘をつく。


「魔王ロランだったとしても厄介だ」


 魔王ロラン、幾人もの勇者を殺し魔物、魔族たちの頂点に君臨し続けた存在。強大な魔力を持ち、無慈悲で残虐。街一つを簡単に壊滅させることができるといわれている。


「もし、魔王ロランだったら最後に戦った勇者は嘘つきになるのでは?」


 魔王ロランは最後の勇者ロジャースの手によって討伐された、と言われている。持ち帰った禍々しいねじれた角が魔王ロランのものだと答え、誰もがそれを信じた。現にそれ以降、魔王ロランの姿はどこにも現れなかったため、信じていたのだが、本当に魔王ロランを倒したのか、それを問いただすにもすでに150年前の話。


「死人に口なしだ。かの勇者はすでに墓石の下だ。咎めようがない」


 それもそうだな、と声が漏れた。


 しばらくして、静まり返った部屋の扉が三回ノックされる。グェンが中に入るように促すと扉が押し開けられた。


 赤いマントを羽織った少年が扉をくぐり、中へと入っていく。金色短髪で白銀の鎧をまとい立派な剣を腰に吊っていた。青い空のような瞳、身長も高く、細身で肌艶もよかった。


 金色短髪の少年がグェンの前に立つと騎士の敬礼をした。


「グェン騎士団長、お呼びでしょうか?」

「エイラム、ずいぶんと早いな。まるで、呼び出されることを知っていいたかのようだが」

「いえ。ちょうど、遠征から帰ってきたばかりでしたので」


 エイラムはエルデア大陸フェレン聖騎士団支部フェレン聖騎士団第四部隊の騎士長である。歳は24歳。その若さで、中級騎士になるには難しく、厳しい鍛錬と魔法耐性の習得、また治癒や光属性攻撃魔法といった魔法などもすでに習得している。これらの過程を通過するした者の年齢は40代後半が多いため、一際目立っている。グェンからも信頼と期待は高かった。


 今回、北部で活発化していた人を食らうほどの大きな蜘蛛の魔物討伐に出ていたのだが、一週間も経たずに任務を完了して、帰ってきていた。グェンも討伐成功の報告書は手元に届いたばかりで、まだ後処理していない状態だった。


「帰還してから早速で悪いのだが、お前には重要任務を与えたい」


 それにエイラムは驚く様子もなく、思い出すように答えた。


「先ほど、見習い騎士に任務内容は大体は聞いております」

「うむ。さすが、仕事が早い。では、やってくれるか?」


エイラムは首肯した。というより、これだけの重鎮を前にして、拒否できるほどの度胸はなかった。断れば、どうなるかもわならない。それに上級騎士からの特別任務を遂行することで、自分の株は上がり、出世の道も近くなる。そう考えていたエイラムは拒否する理由はなかった。


「任務、必ず遂行して見せます」

「うむ。期待している」

「ただ……」

「ただ?」

「一日ほど休暇をいただいてもよろしいでしょうか? 部下のほとんどが疲れているので」

「あぁ、それは構わない。本来なら一週間ほど与えたいところだが……。今回は緊急性が高いゆえに一刻も早く、情報収集に努めねばならないのだ。理解してほしい」

「承知しております。では早速、休暇に入らさせてもらいます」

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