第13話 フェレン聖騎士団

「――――皆、急遽、このような場所に集まってもらってすまない」


 小さく頭を下げると隣にいた禿げ頭の老人が尋ねた。


「グェン騎士団長、ハルゼンは?」


 一つだけ空いた席にその場にいた全員が視線を向ける。


「ハルゼンは南部に出た魚人共の討伐に出ている」

「ふむ。報告によれば、思ったよりも魚人共の抵抗が激しく、苦戦していると聞くが?」


 魚人とは人と魚の特徴を持つ種族の一つで、人間の数倍の力を持っているといわれている。さらに水中の中でも息をすることができるため、生息地域は広く分布している。人間に対して、危害を加えることが多く、フェレン聖騎士団では根絶するため、大規模な討伐遠征が度々、行われていた。


「ほぉ。ということは、それで我ら集めたということか?」

「いや、違う」


 グェンと呼ばれたこの白い顎髭を蓄えた老人はこのエルデア大陸のフェレン聖騎士団支部の騎士団長である。


「では、なぜ集めたですかな? 上級聖騎士らを集めるにはそれなりの理由があるはず。我らは暇ではないのだぞ?」


 それに同意するように他の老騎士たちも頷く。


 フェレン聖騎士団には階級がある。順番に階級を説明すると


〇見習い騎士――騎士団に入団した者に与えられる最初の階級である。彼らの主な任務は地方各地に起きる魔物の行動、生態、分布図などの調査などである。魔物討伐へ実際に出ることはほとんどない。


〇下級騎士――見習い騎士で課せられた任務を達成した者に与えられる階級であり、ここから危険性があまり高くない低級の魔物へ対して討伐任務を課せられる。また、各地方の巡回や帝都周辺の警護を担う。


〇中級騎士――上級騎士らの補佐的な立ち位置であり、幅広い魔物への討伐が課せられる。また小規模な騎士らを率いることも許されており、中級の魔物を対処する。低レベルの魔法攻撃には耐性を持っている。


〇上級騎士――剣術、魔術、身体、精神力などに長け、魔物から放つオーラを感じることができる。また、魔物たちが残した目に見えない痕跡も目視することもでき、魔法攻撃に対しても耐性を持っている。


 ただし、全てのフェレン聖騎士には魔法攻撃を防ぐ『魔法石』といわれる特別な魔石をつかって、加工した鎧を身に着けているため、ほとんどの魔法攻撃を受け付けない。


 その『魔法石』を彼らは女神からの授かりものだ、といっている。


 グェンは視線を後ろへと向ける。すると部屋の隅に控えていた少年見習い騎士が歩み寄り、手に持っていた報告書を渡した。


 他の上級騎士らの後ろからも同じように少年少女の見習い騎士らが静かに歩み寄り、同じ報告書を渡す。ほぼ同時に上級騎士らは目を通し始め、徐々に顔色が曇り始めた。


「人型の魔物が現れて、帝国軍の小隊を全滅させた、だと?」

「人型、それも赤い瞳……さらには少年、少女のような容姿をしている、か」


 ううむ、と唸り声をあがる。


 人の姿をした魔物はそう珍しくはないが、明らかに人間と間違えるような容姿はしていない。


魔族に属している者であれば、また話は別だがその数は少なく、また近年においては、出現報告はされていない。


 赤い瞳の少年、少女のような姿……つまり判別ができない容姿とうことになる。魔族でも、男女の性別は存在しており、見た目は明らかに違う。そのため、誰もが頭の中で、『暗黒王バルグガンド』の名を思い浮かべた。


 暗黒王バルグガンド――――はるか太古の昔、伝説級の悪魔の一体で、フェレン聖騎士団が創設されるきっかけとなった悪魔でもある。『原初の悪魔』とも言われており、突然、現れたバルグガンドは空を闇に染め上げ、田畑を腐らせ、川の水を枯らし飢饉、疫病をまでも蔓延させた。そして、死者を蘇らせ、生者を襲わせる。フェレン聖騎士団はすべての騎士を集め、総力戦を挑み、なんとか撃退はできたものの、バルグガルドはどこへと逃げさってしまった。そのため、再び、バルグガルドの出現に備え、世界各地にフェレン聖騎士団の支部を置いているわけである。


 誰かが小さな声を漏らす。


「バルグガルド」

「……まさか、バルグガンドの再来とでも言いたいのか?」


 バルグガルドの名前を聞いた途端、部屋からどよめきの声が上がった。明らかに動揺している。護衛についている中級騎士らも顔を見合わせて、顔を強張らせた。


「も、もしもそれがバルグガンドであれば……一大事。世界存亡の危機である。フェレン聖騎士団を総動員し、各国に協力要請をしなければならんぞ」

「ただちに軍を招集すべし!!」


 禿げ頭の上級騎士が椅子から立ち上がり、手を拳にして円卓を叩く。それにグェンが座るように促す。


「待て待て。各地域からの報告ではまだその兆しとは思えない」

「その通り。戦争による飢饉はあるがバルグガルドが現れたと考えるのは、いささか早計であろうに」

「しかし、早いことに越したことはないはずだ! 手遅れになる前に手を打つのだ! 直ちに総騎士団長へのご裁可を求めましょうぞ!」


 総騎士団長とは、各地域にあるフェレン聖騎士団支部の騎士団長を総べてる者であり、国家の王よりもさらに地位が高い。総騎士団長の意思決定により、フェレン聖騎士団の行動が決まるのである。


 上級騎士らが言い合いを始めた。


 総騎士団長へ報告を上げることはそうそうないことであり、重大な決断がなされることにある。軽い気持ちで総騎士団長へ報告を上げるなど、あってはならないのだ。


「まずは調査隊を結成してからであろう。それかでも遅くはない」

「否!! 後手後手に回って、取り返しのつかない事態になったらどうする!」

「そうだ! 我らが先人たちを思い出せ。 バルグガンドが現れた時、戦局を見極めることができず、多くの民を死なせた。今回もまた民を無駄に死なせるというのか!」

「待て! 騎士団を総動員するということは、これまで安定していた地域が悪化する可能性もあるのだぞ!」

「最優先事項はバルグガルドの討伐だ! 低級の魔物や魔族など、国軍で十二分に対処できるわ!」


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