第2話 会社の後輩が核心をついてくる

「先輩、魔法使えますよね?」


 口に運びかけたトンカツがポロリとテーブルに落ち、ソースがべちゃあ! と広がった。


日向ひなたさん、いきなり何を言いだすのかな」


 テーブルに広がったソースを拭き取るために出したティッシュペーパーだが、俺は全く汚れていない所を拭いていた。


「私、魔法を察知できるんです」


 そう言った日向さんは真剣だった。いきなりそんな突拍子のないことを言うのは勇気がいるだろう。よほど自信があるに違いない。


「どこで分かったの?」


「驚かないんですね。普通、魔法を察知できるなんて言うとイタい子扱いされるのに」


「日向さんが真剣だったからね」


「私も異世界に行っていたんですよ」


 その一言で理由は十分だった。


「じゃあ日向さんも異世界で身に付けた能力が使えるの?」


「私は魔法を察知することしかできませんよ。それだけ習得したら魔王が倒されたんです」


「日向さんも帰るという選択をしたんだね」


「だってあの王様、身勝手すぎですよ。それに私はこっちの世界が好きなんです」


 良かった、あの異世界の王がぶっ壊れてると思うのは俺だけじゃなかったんだ。


「先輩、私のお弁当も温めてもらえませんか?やっぱり温かいほうがおいしいですから」


「もちろんいいけど、普段はなるべく魔法を使わないようにしているんだ」


「どうしてですか?」


「すごく疲れるから」


「フフッ、すごくシンプルですね」


「それにしても異世界とか魔王とか、よくすんなり受け入れられたね」


「私こう見えて、マンガとかゲームが好きなんです」


「そうなんだ、俺も好きなんだよ。ついでにアニメもね」


「私もです! 放送中のアニメでは何が好きですか?」


「そうだなあ……」


 その後も趣味の話で盛り上がり、昼休みが終わろうとしていた。いつもは時間を持て余すというのに、楽しい時間は過ぎるのがあっという間だ。


「私先輩が同じ趣味とは知りませんでした!」


「俺もだ。もっと異世界での話も聞きたかったな」


「それなら今日の仕事終わりにご飯食べに行きましょうよ!」


「そうだなあ、さすがに会社の休憩スペースで異世界がどうのという話はしたくないな」


「私たち二人だけの秘密ですね!」


 その日の夜、俺達は夕食を共にした。聞けば日向さんも魔法使いを目指していたそうで、初歩の初歩を習得しただけで帰ることになったことを悔しがっていた。

 テレポートというチート魔法を習得できた俺は幸運だったようだ。


 異世界での経験がこんなところで役立つとは思っていなかった。意外と会社にもまだ異世界帰りの人がいたりして。確認する手段は無いけれども。片っ端から「異世界帰りですか?」なんて聞こうものならイタい人認定されることは必至。日向さん、「魔法使えますよね?」なんてよく聞けたなあ。

 そういえば社内プレゼンでも堂々としていたっけ。


「先輩、まだお時間ありますか? 私、観たい映画があるんです。一緒に行きましょう!」


 人生、どんな経験が生きるか分からないものだ。

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俺が異世界帰りじゃないかと会社の後輩が疑っている。 猫野 ジム @nekonojimu

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