第29話 フィナンと王都散策・リベンジ

「それじゃあ行きましょうか!」

「え、あ、待ってください!どうして私たちは腕を絡めているのでしょうか!?」


 目を白黒させるフィナンに、にっこりと笑いかける。

 なんだかすごく引いた様子を見せるのが腹立たしく、そして楽しくもある。

 ああ、やっぱりフィナンを揶揄うのは楽しい。

 負い目があってわたしに振り回されているのだとわかってはいるけれど、振り回されるフィナンは見ていて面白い。


 大丈夫、振り回した分だけ、ちゃんとフィナンを守ってあげるから。

 実際、フィナンに毒殺未遂をさせた方たちには、しっかりお仕置きをしておいたことだし。


「それはもちろん、フィナンがわたしの抱き枕だからよ」

「だっ……ってお昼寝するわけではありませんよ」

「フィナンの声で『お昼寝』って言うの、なんだかかわいいわね。こう、響きがすてきよ」

「ええと……恥ずかしいお褒めの言葉をありがとうございます?」


 言葉が尻すぼみになる。

 最後には視線を下げ、疑問形で尋ねる姿は愛らしい。

 まさしく愛玩動物といった様子。


 だからだろうか。

 無意識のうちにフィナンの頭を撫でているのは。


「その羞恥を隠そうと必死な顔もいいわよ」

「ありがとうございます!」

 やっけぱちに叫ぶフィナンの顔は真っ赤。

 心なしか目元がうるんでいて、そわそわと落ち着かなさげに瞳を動かす。


 それにしても、抱き枕っていうところにはもう反論しないのね。

 最近では彼女の腕を抱きしめて布団に連れ込むこともあるから、慣れてしまったのかもしれない。


 別にやましいことはない。ただ、時々無性に人肌のぬくもりが欲しくなるだけなのだ。


 王城は伏魔殿だ。

 権謀術数が渦巻くそこで孤独でいるというのは、ひどく怖いし、つらい。

 だから、一人きりの夜、人肌が恋しくなるのだ。

 ……あるいは、実家で暮らしていたころ、時々気づけばベッドに入り込んでいたお兄さまの熱を感じているのがすっかり当たり前になってしまっているのかもしれない。

 その刷り込みに少しだけ恐怖を覚え、きっと気のせいだと自分に言い聞かせる。


 その怯えが顔にまで出てしまったのか、覗き込むようにわたしを見るフィナンが首をひねる。


「どうかしましたか?」

「何もないわ。さ、行きましょう!」


 フィナンの腕に胸を押し付けるようにして抱き、わたしは王都を歩いていく。

 あわあわと唇を震わせる羞恥フィナンは眼福だった。


 今日は変装して平民の装いになって外出中。

 それ自体は問題ないし、わたしだってそれなりに普通に町に足を運んでいるのだから構わない。けれど、こうして街を歩く中、フィナンの方がわたしより隠し切れない気品を感じる気がするのは気のせいだろうか。


 通りすがりの男や衛兵の視線が向かう数や頻度、それから時間。

 以上を考慮すると、フィナンが高貴な身分で、わたしがその無茶ぶりのために決してお嬢様を見逃さないようにと命令された使用人。そう思われているように感じる。


 確かに、それも間違いではない。

 フィナンは子爵家令嬢、それも話に聞く限り、かなり裕福な家の生まれらしい。

 まあ、子爵令嬢ながらに王城に娘を行儀見習いとして放り込める伝手やら財力やらがあるのだから、それも当然だろう。


 対して、田舎の貧乏貴族家の生まれであるわたしには、たとえ逆立ちしても王城で使用人として働く未来を勝ち取るなんてことは難しい。

 そんなものに興味もないけれど。

 興味は、なかったはずなのだけれど……どうしてわたしは王城にいるのか。


 まあこれでも、一応使用人としてやっていけるくらいの力はあるのだ。お茶会のセッティングくらいはできる。

 貴族家の派閥だとか対立だとか、組み合わせによって呼んでいい悪いなんて言うのはさっぱりわからないし興味もわかないのだから、やっぱりわたしは令嬢として落第なのだろう。


 正直、別にそれでよかった。

 まっとうな令嬢として生きられるとは思っていなかったし、そんな窮屈な生き方は嫌だった。

 だからベストは、平民の猟師の妻……以前そう語った際には、お母さまに発狂されたけれど。


 狩りができて、できれば結婚してからも続けられればいいという願望は、結局今の結婚生活では叶っている。

 だとすればこのまま生活を続けるのがベターだ。


「そういえば、今日はどこか目的地があるのでしょうか?」

「甘味の調達よ」

「甘味……とおっしゃいますと、もしや」


 ぴと、とフィナンの唇に人差し指を当ててニッコリ笑う。

 あまり食べているところを見せていない甘味を何に使うのか、気づいてしまったらしいフィナンの口止めを試みる。

 いや、気づいていないのだろうか。例えば、わたしは夜にお菓子をこっそりとつまんでいると勘違いしているだけの可能性もある。


 わたしが魔法使いだというのはフィナンも知っている――のだろうか?

 とにかく、妃であるわたしが夜な夜な魔法を使っている、そう思われてはいけない。


「それ以上は言っちゃダメよ?」

「は、はい」

「よろしい。いい子ね」

「子ども扱いはやめてくださいよぉ……」


 不承不承といった様子で頭を撫でられるフィナンは可愛らしい。

 その表情に癒されながらも、心の中で悪態をつくのは止められない。


 妃であるわたしが魔法を使うことは禁止されている。

 ただまあ、実にばかげていると思うけれど。


 生まれついての王女が他国に嫁いだ先で殺傷事件を起こさないように、っていう理由は……分からなくもない。実際にそうした事件が起きているわけだから、法で縛るのは仕方ない。


 それにしたって、この国の木っ端貴族で、婚姻によって王家の仲間入りをしたわたしに限っては何の意味もないのに。


 時々こうした意味不明なルールというのが存在するのだ。

 それは例えば、貴族はその領内においてある程度の独裁権を有しており、領内で独自に法律を設けることができるといったもの。

 そんなわけでレティスティア男爵領にも一応領法規が存在するのだけれど、これがまた意味不明な内容が混じっていて、けれど変えるのも手間で実効があるわけでもないので放置されている。


 例えば、一日に五個以上のパイを食べるのは禁止。

 これはかつてレティスティア男爵令嬢が大食いで、食べすぎて太ってしまい、しかも彼女の大食いが領内に感染症のごとく広まってしまったことが理由なのだという。

 けれどその令嬢がいたのも昔のこと。

 今では相対的極貧と呼んで差し支えない我が家の財政に、一日に五個もパイを食べるような生活を続ける財力はなかったし、それを実行しようとする村人もいなかった。


 まあ、わたしがお兄さまに頼めばパイの調達や資金繰りも――どうだろう?

 わたしが美しくなくなるのは耐えられないと泣き叫ぶか、包容力のある女性になったクローディアも素敵だと本気を出すか。


 まあ、お兄さまのことは今、どうでもいい。ついでにおかしなルールの話も、どうでもいい。

 わたしが何を考えたところで、お兄さまも国のルールも、変えることなんてできないのだから。


 この二つを並べるのがおかしいという反論は聞かない。

 わたしにとっては同じくらいの難題なのだから。


「ここね、行きましょうか」


 目的の店にたどり着き、わたしはフィナンの腕をぎゅっと抱き寄せ、意気揚々と店に入った。

 フィナンの方から、「あわわわ」だとか「はうっ」だとか「やわらかい……」だとかいろいろと聞こえてきた気がするけれど、すべて黙殺した。


 反応は面白いし楽しいのだけれど、こうも簡単に反応を得られてしまうとつまらないというのは、少し傍若無人が過ぎるだろうか。

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