第20話 乱入者
*アマーリエ視点です*
「ディィィィィアァァァァァァ~」
びりびりと窓ガラスを震わせるような叫び声が響いた。
思わず立ち上がった私は、クローディアを守るような位置に移動したフィナンと顔を見合わせて――ふと、先ほどの声がクローディアを呼ぶものだった気がして彼女の方へと視線を向ける。
クローディアはひどくひきつった顔で天井を見上げていた。その顔には諦観が見える。
そしてもう一人、瞬時に状況を理解した様子で、泰然とソファに座る人影があった。
エインワーズ様に状況を訪ねようとしたその時、勢いよく客間の扉が開いて一人の男性が部屋に飛び込んでいきた。
ぎょろりと部屋の中を見回したのは、長身痩躯の男性。
まばゆい金髪を振り乱す彼は、燃えるように赤い瞳にクローディアを映し、一瞬で彼女の背後へと移動した。
背後から抱きしめ、頭を撫で、髪に顔を押し当てて匂いを嗅ぐ――一連の行動を前に、わたくしとフィナンはただ硬直するばかりだった。
「ディア、ディアだ、ディアがいる!幻ではない、本物のディア!ああディアだ、ディア、ディアがいるよぉ!でも人妻のディア、ボクのディアはいなくなってしまったんだぁぁぁぁぁぁぁッ」
慟哭。膝から崩れ落ちた男性の姿がソファの背もたれの奥に消える。
奥を覗き込んで、激しく後悔した。
ゴロゴロと床を転がるその姿は、とてもではないけれど成人間際の男性がする振る舞いではなかった。そもそも、成人しているのかしら?
「……お兄さま、恥ずかしいので止まってください」
ぴたりと、その動きが止まる。
待って。お兄さま?
「きゃ!?」
がばりと起き上がったクローディアのお兄さまが、再びクローディアに抱き着く。
怖い。怖すぎる。感情の落差が大きくて、思わず悲鳴が出た。
クローディアが悲鳴の一つも上げないのは、きっと慣れているからだろう。嫌な慣れね。
彼は、今度は優しく、慈しむようにクローディアの髪を手で掬う。
「きれいになったね、ディア。ディアと会えない日々は地獄のようだったよ。けれどボクは頑張ったよ。耐え難い拷問を乗り越えて、領地に帰ったんだ。学園を早期卒業できてね?家に帰った際のボクの痛みがわかるかい?愛するディアが家におらず、しかも結婚して家を出ていたというこの悲しみッ!一体どうすればいい?ディアの夫をぶん殴ればこの気は晴れるのかな?」
「殴ったら最悪極刑よ」
「……おかしいな。今、ディアの口からとんでもない言葉が聞こえた気がするな。ディアとの再会に舞い上がってしまってせっかくのディアの言葉を聞き逃すなんて、何たる衰え!こんなんじゃだめだ。やっぱりボクにはディアが必要なんだ。ねぇ、帰ろう?ね?」
両手を顔を覆って天を向いて嘆くも、一転。
頭が飛んで行ってしまいそうなほど勢いよく首の位置を戻した彼は、クローディアの髪を何度も丁寧になでながら、ささやくように提案する。
対して、クローディアはいつになく仏頂面をしていた。すべてを諦め、そのうえでひどく面倒くさいと顔が語っている。……クローディアのお兄さまは気づいていないようだけれど。
クローディアに対してはひどく節穴になるのね。好青年らしさは……おかしいわね。初めて会ったその瞬間から少しも感じられないわ。
「……無理よ。そもそも、せっかく独り立ちするためにってわざわざ高い学費を払って貴族学院に入ったのに、どうして早期卒業なんてしてしまったの?」
「仕方ないだろう?ディア成分が足りなかったんだ。でも失敗だったよ。まさかディアが王都に来ていたなんて。ボクのこの鼻をもってしても嗅ぎ分けられなかったよ。たとえ人ごみに紛れていてもこの目が、耳が、鼻が、決してボクたち二人がすれ違うことを許さないのに」
「お兄さまがまだ王都にいたころは王城で缶詰になっていたもの。すれ違いも起きようがないでしょ」
「王、城?うん?ディアはだれかの妻になってしまったんだよね。ねぇ、愛しのお兄さまにその間男の名前を教えてくれないかな?」
間男って……殴る以前に、この会話を聞かれた時点で極刑じゃないかしら?このお兄さまに詳細を語っても大丈夫なの?
ちらとクローディアを見る。彼女はわたくしと目を合わせ、強くうなずいて見せた。
何やら策があるらしい。
「お兄さま、わたしの夫はアヴァロン王子殿下よ」
「……んん?」
策はどこへ行ったのだろうか。
クローディアのお兄様の視線が、エインワーズ様へと移る。貴族学園に通っていたということだし、エインワーズ様とはそこで知り合ったのだろう。友人、なのだろうか。
なんだかすごく危険な組み合わせの気がするわね。
楽しそうに笑うエインワーズ様が、ぐっと親指を突き出す。
「その通りだよ。クローディア嬢の夫は殿下だね」
「どうして君がいながらディアがこのような目にあっている!?」
般若の形相で詰め寄る好青年の皮をかぶったシスコン。
エインワーズ様はそんな彼を前にニヨニヨと笑っている。
なるほど、エインワーズ様の観賞用の存在なのね?
「いやぁ、それをオレに言われても困るなぁ。大体、オレにだってどうしようもないことは多いんだよ?」
「君に守ってもらうためにボクは苦渋の決断をしたというのに!?日夜ディアのかわいらしいところを君に共有したボクの努力の意味は!?」
「なぁんにもなかったね、どんまい!」
「……お兄さま、そんなことをしていたのですか?……あぁ、恥ずかしい。お兄さまの存在が恥ずかしいですよ。一度生まれ直してみませんか?……わたしの兄以外の存在に」
瞬間、クローディアのお兄様は膝から床に崩れ落ちた。その姿が再びソファの向こうに消える。
クローディアは顔を手で覆ってうめく。
はしたないけれど好奇心に負けて身を乗り出したわたくしは、白目をむいて気を失う残念な色男の姿を目にすることになった。
「最近、失神する人をよく見るわ」
ちらと視線を向けたクローディアの言葉に、フィナンがふいとそっぽを向いた。
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