第2話 彼について


「食生活がおかしいってどういう事?」


玲子が真理亜にそう尋ねると、真理亜はグスグスと泣きながら言った。


「彼…肉も野菜も食べてくれないの…。」


「…はい?」


思いもよらない返答に驚愕しながら、玲子は冷静を装って更に尋ねた。


「冗談でしょ?野菜はともかく、お肉食べない人なんているの?」


「…ベジタリアンだっているじゃない?あれみたいなものと私は考えてる」


「いや、でもさー…じゃあ一体彼は何を食べて生活してるのよ?」


「…豆、とか?」


「豆…!?」


…信じられない!嘘じゃないわよね!?


玲子が更に驚愕すると、真理亜は更に話を続けた。


「豆腐とか納豆とか食べてくれるのはまだいいけど、酷い時はきなこご飯とか、のりご飯とか…。」


「あっ…お米はたべるんだ」


玲子は自分の知らない直矢を聞かされて、少々困惑していた。


「もっと酷い時は塩おむすびだからね!」


「もうそれ修行僧じゃない?」


玲子はそう言うと、気持ちを落ち着かせるためにコーヒーを少量飲んだ。

しかし話はこれだけでは終わらなかった。


「何にも食べないよりはいいじゃない?それくらいなら許して上げなさいよ」


そう言うと、真理亜は頭を抱えながら今度は更に深刻そうな顔で言った。


「でもね…実は彼、犬派なのよ」


「…はっ?」


玲子が怪訝そうな顔をすると、真理亜は慌ててこう付け加えた。


「いや違うの!私は猫派なの!スコティッシュホールドなんかを飼いたいの!だけど彼はベートーヴェンって映画で見たセントバーナードが飼いたいって…。」


「何それ?HACHI見て柴犬欲しくなっちゃったアメリカの人と変わらないじゃない!?」


「そうなのよー!」


…そんな人だったとは。


少々ショックを隠せない玲子は、またコーヒーを一口飲んで、気持ちを落ち着かせた。


「それであとはね…。」


「まだ何かあるの!?」


「そうなの…。」


そう言ってテンションを下げながら言う真理亜に、玲子はもうお腹いっぱいだったが、マリッジブルーにしたのは玲子本人なので、とことん付き合おうと腹を括った。


「で?次は何なの?」


「かれ実は…右の乳首の毛が一本長いのよ」


「…はっ、はぁ!?」


まさかの身体的なコンプレックスの暴露に、もう玲子は何がなんだかわからなくなって来ていた。


「それ…気づいたなら剃ってあげたら?」


「それが…どこまで長くなるか挑戦してるって言われちゃうとね…。」


「何それ…ヤバい奴じゃん!」


「そうなの…。」


…ヤバい、私も情緒不安定になりそう。


そう思いながら玲子は、ハンカチで涙を拭う真理亜を見つめた。


…考えてみれば私、直矢君のこと何にも知らなかったんだな…。


玲子はそう思い直し、劇薬マリッジブルーを盛ってしまった事に後悔し始めていた。


「ねぇ、じゃあ真理亜は彼のどこに惹かれたの?」


「えっ…?」


自分でマリッジブルーにしておいて聞くのはどうかと思ったが、今の玲子には聞かずにはいられなかった。


「そうね…誠実なところ…優しいところ…笑うと可愛いところ…。」


「なんだ、たくさんいいところあるじゃない」


玲子にらそう言われて、真理亜は顔を赤らめた。


「玲子…私達上手くやっていけると思う?」


「そうね…完璧な人なんていないんだから、乳首の長い毛ごと愛してあげればいいんじゃないの?」


「私に出来るかな…。」


まだ不安そうな真理亜に、玲子は言った。


「誰に何を言われても、本人達が考えなきゃならない事だから。食生活が変でもいい、犬派でもいい、乳首に長い毛があってもいい。そう思えるなら…。」


「わかった…考えてみる」


…私もお節介よね。


別れさせるつもりが引き合わせる形になってしまった玲子は、今度はゆっくりコーヒーを飲み干した。




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