第18話 化粧(廊下)

 また、気付いたら屋敷の廊下に戻っていた。


「おかえりなさいませ」


 変わらぬ調子で、青年が立っている。

 ただいま、と答えて何だか無性に、あの人形のようで表情豊かなあの少女に、会いたくなった。


 流石に無理ね、と首を振る。

 諦めだけは良い。それが女の生き抜く術だった。


「僕には何を言っても大丈夫ですよ」

 てっきり、優しい笑みでも浮かべながら言っているのだと思った。

 だが、顔を上げた女の目に映ったのは、女など眼中にないとでも言わんばかりの、無の瞳だった。


「綺麗・・・・・・」

 思わず手を伸ばす。青年に強く手を叩かれ、あ、と声を上げた。


 目が欲しいからと抜いてしまっては、その輝きは無くなってしまうのだった。


 危ないところだった、と胸を撫で下ろしていると、青年は瞬きを一つする。長い睫毛が黒さのあまり光を反射する。


 ずっと側にいてくれたらな、と願わずにはいられなかった。


「それは、ただの依存では?」

 冷たい声に、引き戻される。同時に、感謝した。


 私には、この感情は必要ない。そう決めたことだったから。


「ありがとう」

 言ってから、変な顔をされるかなと青年の顔をうかがう。


 一切感情の浮かんでいないそれに、心底安心した。


「それじゃ、もう行くわね」

 行っていいか、ではなく自分の行き先を決める女に、青年はただ頷く。


 それ以上言葉を交わすことなく、静かに、廊下を歩いていく。


 まるで湖畔に落ちた水滴のような人だと、そう青年に印象付けていった。

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