第6話 香水(四つ目)

「何してるの!」

 今まで聞いたことのない、自分自身以外を守ろうとする母の大声が轟いた。そうだと分かっているのに、反射で頭を抱えてしまう。

 しばらく怒声が部屋に充満し、それが深い霧になった時、次の場面へと切り替わっていた。


 緑の広がる静かな暗闇に蹲った母が、ルナを抱えている。そばには仄かな光を届ける電灯があり、二人を照らしていた。

 ルナの尻尾が下がり、耳も形の良い三角形になっているところから、母の手に不必要な力が込められている様子はない。

 母にそんな抱え方が出来るとは、今の今まで知らなかった。


「懐かしいわね」


 感慨深そうに、夜の公園という寂し場にそぐわない、愛情深い声で、母が呟く。


「あの子が産まれた頃は、よくこうして抱っこしてたっけ……」


 抱えていないとあの子、泣くのよね、と目尻に皺を寄せる母は、ひと時の平和を噛み締めているようだった。


 おもむろに、その手を離す。


 じっとお互い目を合わせ、母が不器用に視線を逸らす。そして、目を見開いた。ルナが母の手をサリサリとなめていた。

 俯き、少しだけ頭を撫でる手は、どこかぎこちない。

 そして、二人は振り返ることなく別れ、歩き出した。



 にゃあ、と右側から穏やかな声が聞こえる。


「ルナ」

 うずくまった男は、慌ててそちらに身体の向きごと変える。

 だが姿は見えず、白い空間だけがあった。


「ルナ!」

 呼応するように、声が聞こえる。

 心底嬉しそうなそれに、男は何を思ったのか。


 また唐突に出現したのは、今度は重苦しい扉。洋館にピッタリのそれを見て、男は立ち上がる。

 手を丸いノブにかけ、回す。


「またね」

 そう残して、扉の奥へと消えていった。

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