第14話 お出迎え? 化粧

「ここは……」


 目を開けたその人は、かなりゆったりと動き出す。

 なげやりとはまた少し違った動作に、青年は内心首を傾げた。


 ふわりと、蝶が羽ばたくように、女が青年の方を向く。

 あまりにも自然かつ脈略のないそれに、じっと女を眺める。長く黒い髪に、色素の薄い瞳。白い一枚のさらりとしたワンピースが、彼女の美しさを際出させていた。


「ちょっと?」

 びくりと少女を振り返る。目を縋め、頬を膨らませた少女に、青年がフハッと堪えきれなかったように笑うと、赤い頬はさらに膨らんだ。


「大丈夫だよ」

 普段、本と向き合っている時には一切話しかけてこない少女に、はち切れんばかりの笑みを浮かべる。

「君の方が、僕にとっては魅力的だ」


 しばらく沈黙が流れる。


 探るようにッ深く覗き込む少女の目を青年が受け止めていると、ふと空気が和らいだ。


「うん、疑ってはないわ」

 プイとそっぽを向く少女の背に、青年が呟く。


「いとおしい人だ」

 パッと振り返った少女は、口を大きく開けていたが、言葉は出てこないようで、唇だけがはくはくと動く。紅葉のように明るく染まった頬を隠していても、耳まで同じ色をしていて、意味はない。

 青年は敢えて指摘せず、口を緩めて眺めていた。


 その時初めて、女の気配が戻った。


 視線を変えた二人に、欠伸を噛み殺す最中だった女が気付く。

「あ、もう話して平気ですか?」

 何もかも手慣れている、とでも言わんばかりの女の態度に、少女の目付きも変わり、鋭く引き締められた。


「面白い人ね」

 まさか話しかけるとは思わなかった青年が驚く横で、女はのんびりと微笑んだ。


「よく言われます」

 でも、と少し考えて続ける。

「今まで言われたどれより、私のことを見てくれている気がして嬉しいわ」

 ありがとうと軽く頭を下げる女に、いいえ、と返す少女。何だか異様だな、と青年は首を振った。


「ふーん」

 いつの間にか目の前に来ていた女に、青年が反射で身を引く。

 ケラケラ笑う女性二人に、仕方ないなというように口に手を当て苦笑していた。


「それで、あなた達は、私が何をしたらいいのか知ってる?」


 鈴を転がすように、少女が笑う。

「私たちが言ったから、という理由で動いてくれるように思えないのだけれど」


 まあそうね、と女はさっぱりした顔で肯定し、また二人で笑う。今度は青年も綿のような笑顔を送っていた。


 適当に歩き回っていい? と、こんな非日常の中でも礼儀正しく許可を取る女に、どうぞ、と青年少女の声が自然に交わる。


 ふふと笑って、初めて女の顔に苦味が載った。

 少女が微かに顔を曇らせると、正確に読み取ったかのように、女が疲れたようにしょんぼりと笑う。


「大丈夫よ、仲良さそうで羨ましく思ってしまったの」

 あなた達は悪くないのにごめんなさいね、と気遣う女に、ふんっと少女が鼻を鳴らす。

 驚いた顔で固まる女を見て、いい? と語尾を優しく鋭く突きつける。


「人と比べたり、傷つけたりすることなんて、普通のことよ」

 大丈夫、と力強く言う少女に気圧されたように、顔を仰け反らせていた女。

 

 唐突に、瞳が濡れた。


 しとしとと落ちる涙を肴に、静かに流れていく時間。


「ありがとう」

 自由に泣き止んだ女は、深く深く頭を下げる。

 少女は満足そうに、仁王立ちで顔全体を使って笑った。

 どういたしまして、と答えて少し待つ。


 女は歩き出し、その後に青年が続く。

 見送りの少女が口を開いた。


「いってらっしゃい」


「いってきます」


 最後だと分かっていながら、いや最後だからこその呆気なさで、二人は別れて先に進んだ。

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