第13話 手紙〈場外〉
また二人きりになった白い部屋で、少女は本をじっと見つめる。
その眉はきっとV字を描いており、対照的に青年は口笛を吹きそうなほど、口が弧を描いていた。
「浮気者」
「嫉妬って嬉しいものだね」
会話になっていないようで、しっかり噛み合っているやり取りに、少女はため息を吐く。その風に乗り、ふわりと本から埃が舞い散った。
ちょっと、と珍しく前のめりになる青年に、今度は少女がにんまりと微笑む。
慌てた様子の青年はあちらこちらに移動して、長い手足を活かすように隅々まではたきをかける。
「綺麗にしておけと何度言ったら分かるんですか! 仮にもあなたはここの図書館長……」
じと目で恨みがましく言う青年の声がふいに途切れる。
「ふ、ふぁっくしょん!」
ぶあ! と先程の何倍もの埃が呼び出され、今度は青年の顔がはっきりと青くなる。どうしてこう……と絶句して頭を抱えた青年の背は悲壮感を称えており、やたらと歳を重ねて見えた。
「ごめんって」
あまり思っていませんよね、と苦言を呈される顔で興味無さそうに少女は上を向く。年相応な態度に、非難を込めた瞳が向けられる。
「埃じゃないよ、それ」
少女はどこか諦めたように、ダムが開いたように、勢い良く話し出す。
「それ、人の思い出の塊でね。いらないものではあるんだけど、何だか大切な気もして取っておきたくなるんだよね」
これはさっきの男の思い出、とふわりと手を動かし、掬い取る。
不思議とその手に収まった、不安定なはずの埃は、少女の口を伝って語り出す。
「へー、男にとって彼女はただの幼馴染みで、大切だったけど恋愛対象ではなかったんだ。彼女が付き合っていた相手の方が想い人だった、と」
うまくいかないもんだね、と少しだけ目を細め、閉じる。
再び開いた時そこに同情はなく、ただ深い闇だけがのぞいていた。
「僕は上手くいって良かったよ」
そう言ってじっくりと少女を見つめる青年にクスクスと喉で笑う。
「そういえば、そんな時代もあったわね」
覚えていてくれて嬉しいよ、と青年の手がそれに重ねられる。
埃が手に付き、少し巻き上げられたが、もう気にしていないようだった。
幸せそうに、二人で目を合わせて相貌を崩す、淑やかな時間。
ボーン、と古時計が控えめに、時間を告げて二人はまた動き出す。
少女は本を置き、次の本を探す。
ズラリと上に高く立ち並ぶ本棚、青年が執事よろしく少女の指先に合わせ、梯子を器用に上がっていく。
少女の目には海の中で空を見上げた時の陽のようなぼんやりと淡い光が見えていた。
青年がそれを手に取ると、ぼんやりと淡い光が見えていた。急かすように光が瞬き、強くなる。
「分かった、分かったわよ」
うんざりとしたような声色の中に、隠しきれぬ情が混ざっていた。
「今、聞いてあげるからね」
次の人達は、どんな物語を紡いでくれるのかと、
願いを乞うように、ページを開いた。
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