第8話 お出迎え 手紙

 疑り深い目で少女を眺める男。

 口火を切ったのは青年だった。


「あなたは、どうしてここへ?」


 意地悪ね、とでも言いたげな少女に、こっそり肩をすくめながら、がっしりと肩幅のある男と向き合う。

 目を逸らす男に、楽し気に口角を上げた。目だけは、どこまでも冷たいまま。


 しばし言葉を探すように視線をさまよわせていた男が、厚めの唇を震わせながら、話し出す。


「分かりません。気づいたらここへ」


 あなた方は? と問う男の目は鋭く、でもどこか柔らかい。

 見定めるように、でも嫌な気はしない程度に、青年の全身をくまなく眺める気配がした。


「僕らはここの住人です。よくおいでくださいました」

 にこりと二人が笑うと、男はポカンと口を開ける。無邪気な子供のようなそれに、少女は目元を緩めた。


「こちらへ」


 そう言って手を差しのべる青年に、男は躊躇いがちに手を伸ばし、引っ込めた。


「あの……」

 勢い良く走り出したはいいものの行き先が分かっていない子供のように、言葉も引っ込めてしまう。


 さっぱりと刈り上げられた頭を自身で撫でて、男はため息をついた。


「あ、すみません。二人にため息を吐いたわけではなくて……」


 その言葉に、二人は顔を見合わせる。

 丸々とした瞳が一致した。


 途端に渋くなった男の顔を見て、青年の瞳の色が、空気が、変わる。

 青年の唇が血色を帯び、大きく開いた。

「ただ真面目で良い人だなと思っただけで、バカにしてるわけじゃないから! 安心して……」

 尻窄みになる青年のあどけない声に、男が首を傾げる。


「何か……さっきとは別人みたいですね」


 え、と眉をへの字にして不安そうな顔になる青年の肩を、少女がいたずらっぽくつつく。

 怯えたようにゆっくりと少女の方を向いた青年は、顔を鷲掴みにされ、固まった。

 小さな掌からは想像できないほどの圧がかかり、心が軋む。


「あなたは、誰かしら?」

 つるりとした顔で問う少女の姿が巨大に膨らんだように見え、男が悲鳴を上げる。


 醸し出す雰囲気が変わっただけだと気づいたものの動けずにいる男に見向きもせず、少女は青年の目を覗き込む。


 ふと、青年の体に走っていた緊張が解け、肩が下りていく。


 ふわりと笑って膝を地に付き、少女の手に口付けをすると、あまりにも異様な空気に押されるように男が身を引いた。


「ああ、申し訳ありません。客人を待たせてしまって」

 何事もなかったかのように、のんびりと口ずさむ青年に、男も今までのことが嘘であったように、静かに首を横に振る。


「いえ、大丈夫です」


 流れるように、その身を任せる。


「それで、俺はどうしたらいいですか」


 話が早くて助かります、と口に手を当て上品に笑う青年に、男の顔が赤く染まる。


「……流されやすい性格は、今更です」

 今にも泣きそうな顔で言う男に、手を差しのべる青年。


 ほっとしたように息を漏らす男を見て、少女が椅子の上で艶やかに笑う。

 客人の前だからか、きちんと足は揃っていた。


「行ってらっしゃい」

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