第2話 お出迎え 香水
斜め右上、左上と、目を忙しなく動かす。
気まずそうな顔をして固まった青年を見て、ため息を噛み殺した。
今、自分はどこにいるか、誰といるのか、全く何も分からないのだから。
「ここは一体どこですか?」
出来る限り、柔らかく捉えられる言い方で、青年を問いただすと、スッと彼の顔から感情が消え去った。
作り物のようになった青年の圧に怯んでいると、真っ黒な目の青年が、無造作に声を出す。地味そうな見た目と性格に明るすぎる金髪が、妙にアンバランスだった。
「こちらへどうぞ」
それだけ言って、屋敷の中を歩き出す。
その時ようやく全体が見渡せた。
ヨーロッパ旅行の観光名所でしか見たことがない歴史のありそうなお城。どこを見ても綻びがない。
二人で歩くには広すぎる廊下、所々に置いてある壺や絵画に誇りが溜まっている様子は一切なく、むしろ居心地の悪さを感じてしまうほど。
紺色のカーペットが敷き詰められており、常時なら落ち着けるであろう暖かな色合いだった。
扉はほどよく装飾され、金持ちを誇示することもなく、それでも揺るがない権力を示しているような重そうな造りをしていた。
「ここです」
ある扉の前で立ち止まり、じっと見つめてくる青年に、どうしたらいいのかとすがる目を向けてしまう。
すると、今までとは人が変わったように穏やかに、慈悲深く、笑った。
唐突に手に力を加え、扉が開いていく。音の大きさと得体の知れない不安に、体が硬直していくのがわかった。
「どうぞ、お入りください」
中からかけられた声は、予想外のものだった。
別の人物がいたことにも驚いたが、何より女性の、それも大分甲高く未熟な声に目を見開く。
青年が扉を開ききり、優雅な動作で道を空ける。
そこは、部屋というより、広間といった方が納得するほどの大きさだった。
どこか寒々とした気配があるのは、どうやら室内に置かれた物が少なすぎることと関係しているようで、
何より、その中央で堂々と鎮座する少女が部屋をそうしているように感じた。
それなのに、強烈な存在感を発している少女にではなく、
その小さな手に握られている本に、
目が吸い寄せられる。
ひどい懐かしさを覚えて首を傾げた。
図書館に行ったのは幼少期以来記憶になく、本を読む習慣もないため、本屋に行くのは前面に押し出されている流行りの漫画の最新刊を買うときくらいなのだが。
少女がおもむろに、手に持つ本を開く。
その瞬間、青々とした緑色の芳ばしい香りが辺りに立ち込めた。
驚いた男は泡を食って飛び退く。
「どうかなさいましたか?」
少女の目には微笑が浮かんでいて、ころころと転がされるおもちゃになった気分だ。
途端、その香りの記憶が蘇り、立ちくらみでも起こしたように目の前が黒く染まりだす。
だというのに、男の目に不安は宿っていない。むしろ喜びの色すら見せるそれに、青年が薄く笑う。
「いってらっしゃいませ」
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