第2話緊迫の峠道
季節は冬、そして時刻は夜の9時頃だったといいます。
Kさんは、熱海店の依頼で新車の架装を終え自宅へ帰る為にその熱函道路を車で走っていたのでした。
峠道である熱函道路の周りには、民家は殆ど無くただ起伏の激しい舗装された道路が繋がっているだけです。
対向車はおよそ三十秒に一台通り過ぎる程度。花火大会でも無ければ、平日の夜の熱函道路はこんなものです。
Kさんがその時運転していたのは、黒のワゴン車。
特に問題なくもうすぐ無人の料金所を過ぎて、あと四十分もすれば家まで辿り着くであろうというそんな時でした。
「なんだ、うるせえな……さっきから!」
先程から、Kさんの車のすぐ後ろをピッタリと付けてくる一台の車がいました。
車内に聞こえてくるマフラーの音から想像するに、後ろの車はスポーツカー。まるで、もっと速く走れと言わんばかりに、Kさんの車の後ろにピッタリとくっついています。
特にKさんがゆっくり走っていた訳ではありません。
もともと飛ばし屋であるKさんですから、空いている熱函道路で八十キロ位の巡航速度で走っていたらしいのです。
そのKさんを煽ってくる位ですから、相手はきっと限界走行で峠道を走る事を楽しみとしている地元のいわゆる『走り屋』と呼ばれている輩なのだろうとKさんは思っていました。
しかし、もうすぐ料金所に差し掛かります。その先には少し広くなっている道路があるので、そこで抜かさせれば良いだろうと思ってKさんはそれ程気に留めずにそのまま運転を続けていました。
そして料金所を通り過ぎたのですが、その時Kさんは不思議な事に気付いたのです……
「あれ……?
さっきのアイツ、どこ行っちまったんだ……?」
先程までうるさい程に聞こえていた後ろの爆音が、いつの間にか消えていたのです。
この辺りは一本道で、他の方向へと分岐する道はありません……
あれほど執拗に後についてきていたあの車は、一体どこへ行ってしまったのでしょう。
忽然と消えてしまった謎のスポーツカー。
その理由を突き止める為に、Kさんは車内のルームミラーに視線を移し、後ろの様子を覗き見る事にしたのです。
そして、そのルームミラーに映っていた光景にKさんは、ごくりと息を飲み驚嘆するのでした。
Kさんの後ろの視界……黒いワゴン車の後ろにいる筈のスポーツカーの姿は無く、そこには真っ暗闇の世界が広がるばかりでした。
そして、それよりもKさんを驚かせたもの……
それは……
いつの間にかKさんの黒いワゴン車の後部座席に、目無し帽を目深に被る蒼白い男が座っていたのです……
(で…出たーーー!!)
深く被った帽子のせいで顔の表情は見えません。
しかし、着ている服の感じからは二十代位の若い男……あのスポーツカーに乗っていたらぴったりという風貌でした。
言葉は発せず、ただ黙ったままで俯いています。だからと言って、こちらから話し掛ける気には到底なりません。
そして、不思議な事にあの料金所を通り過ぎてから、対向車が全く来ないのです。
目の前には、ただ暗闇に道があるだけ……この辺りには道路を照らす為のいくつかの電灯があった筈なのに、その電灯の姿も見えません。
(ウソだろ……)
もう、Kさんには後ろを確認する勇気も起きません。今思うのは、ただ早く家に着け……そう願うばかりです。
自然とアクセルを踏む足先に力が入ります。
車のスピードメーターの針はいつの間にか百キロを超えていました。
このスピードで走れば、もうあと数分後にはぼちぼちと民家の灯りが見え始めてもおかしくありません。
それなのに……
あれからおよそ一時間以上が経っていました。
普通なら、とっくに家に着いていなければならない時間です。
時速百キロ以上で一時間走れば、その走行距離は百キロ以上……Kさんの家から熱海までの距離はせいぜい、二十~三十キロ位なものです。
(なんで着かねぇんだよ!……一体、どこ走ってるんだ!)
冬だというのに、Kさんは全身汗ビッショリでした。
車の暖房を止め、なおかつエアコンを入れているのに、車内は暑くて仕方がないのです。
もう既にKさんの集中力も限界になっていました。
今にも事故を起こしそうな程のハイスピードでの運転の連続。アクセルを緩めようにも、まるで金縛りに遭ったように右足がいうことを利きませんでした。
このままでは、ハンドルを切り損ねてガードレールに激突してしまう……
そんな緊迫した状況に我慢が出来なくなったKさんは最後の力を振り絞って、とうとう後ろに座っているであろう幽霊に向かってその時初めて怒鳴り声を上げたのです。
「テメエ~~っ!
いい加減に降りやがれ~っ!金取るぞコノヤロウ~っ!」
よりによって、この状況でよくそんな台詞が出てくるものです……
しかしその幽霊、金を取られては堪らないとでも思ったのでしょうか?
……今まで金縛りに遭ったように硬直していたKさんの体から、急に力が抜けたように楽になっていったのです。
そして、真っ暗闇だったフロントガラスの向こうの景色にちらほらと街の灯りが見え始めたのでした。
「あっ、マックスバリューの看板だ……」
見覚えのあるスーパーの看板を見つけ、Kさんはそこが峠を降りきった街の道路である事を知り、ホッと胸を撫で降ろしたのです。
ルームミラーで後ろを確認すると、もうそこには男の姿はありませんでした。
Kさんは急いで家に帰り、家に帰るとその夜はそのまま何もせずに布団に潜って眠ってしまったそうです。
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