私、美人じゃないよ
「ここね。ふ〜ん、落ち着いた感じの店だね」
ナオコのお気に入りの喫茶店は、歴史を感じさせる古びた外装をしている。
看板も派手さを感じない地味なもの。
これも風格を感じさせるドアを開けると、カランカランと
取り付けられたベルが鳴り響く。
装備品は新しいものはないが、やはり落ち着きを感じさせるものだった。
店は決して広くはない。そして客もまばらだった。二人は空いている席へと座る。
シズカは、早速メニューの冊子を開いてみた。コーヒーの種類は多くはないが、
ここの店は自家焙煎が自慢だ。どれも美味しいものだ。
個人でやっているから、値段は決して安くないけれど、
この味と雰囲気を楽しめるなら、ナオコは高いとは思わないと感じていた。
そしてケーキ類。他の店では見かけないようなものが、
少ない種類ながら揃っている。
「私、カフェオレと紅茶のシフォンケーキね」
「私は……、本日のお任せで」
二人は注文を取りに来た老齢の女性に伝える。
ここのマスターの奥さんだと思うけど、凄く品の良さを感じる。
注文したものが届くまで、二人は話をする。
「落ち着いた感じのいいお店ね。よくここに来るの?」
「ゆっくり本を読んで過ごしたいなって思う時、ここに来る感じかな。
たまたま見つけたお店だけど、コーヒーも美味しいし、すごく気に入ってる……」
「でも流石にいつものメンバーが揃うと大騒ぎになるから、ちょっと無理かな」
「いつものメンバーって、サユリさんとマリナさん?」
「そう、あの二人とはウマが合うっていうか、一緒にいても楽しいんだよね」
シズカ、サユリ、マリナの3人は、うちの会社の美人番付でも
文句なしの横綱だろう。それに関しては誰の異論もない。
3人揃うと、神々しいばかりのオーラが見えるようだ。
「ちょっと聞きづらい事なんだけど……」
ナオコがシズカに尋ねようとした所に、注文した品物が届いた。
ナオコが注文した本日のお任せは、グァテマラだった。
自家焙煎のコーヒーを、今では少なくなったサイフォン式で入れてくれる。
流石サイフォン式、とてもいい香りが漂ってくる。
そしてシズカには、ミルクたっぷりのカフェオレと
シンプルな紅茶のシフォンケーキ。小細工などしていない、
まさに品質本位といった感じかな。
「美味しそう♪食べる前に撮影っと♪あ、ナオコさんも一緒に写メ撮ろ♡」
「ちょ、ちょっと待って……」
他の人って、いつもこんな感じなのかな?いつも一人で行動するナオコには
よくわからなかった。
何枚かコーヒーとケーキの写真を撮った後、シズカはナオコの横に並んで
一緒に写メを撮る。実に慣れた感じだった。
(多分、変な顔してる。恥ずかしい)
シズカの撮った写メを見せてもらうと、思っていた通り、
自分の顔は若干引きつっていた。
「写メ送るから、〇インの友達追加しよ♡」
シズカは実に手際よく友達追加をしてくれた。
それにしてもいいのかな?ナオコは〇インは殆ど使わないような人なのに、
会社のマドンナ的存在と連絡先を交換するなんて。
まぁこれで連絡はないだろうけれど。
「時々連絡入れるから無視はやめてね♡」
いや、相手する気満々じゃん。どういうこっちゃねん、っていう気持ちだ。
「あ、あの……、コーヒーが冷める前に飲まないと」
「そうだそうだ、じゃいただくね」
二人はコーヒーを口にした。
「何かいつも飲むコーヒーとは違うね。凄く美味しい」
カフェオレを一口飲んだシズカは感激していた。
ナオコもコーヒーの香りを楽しんだ後、一口コーヒーを飲む。
やっぱりここのコーヒーは美味しい。この味は自分では出せないな。
「ねぇこのシフォンケーキ、美味しすぎる。ちょっと食べてみて」
シズカがケーキを少しフォークに刺してナオコの顔の前に持ってくる。
何?あーんして食べろと?どこの甘々リア充カップルだよ?
「遠慮しなくていいよ、ハイ、あ~ん♡」
仕方がないと観念したナオコが口を開けてケーキを食べた。
「あ、美味しい……」
甘いものはあまり口にしないナオコでも、このシフォンケーキは
くどくなくて食べやすい。これなら一つ丸々でも食べれそうかも。
「このお店、気に入っちゃった。やっぱり騒がしくなるかもしれないけど、
今度はサユリとマリナも連れてきたいな。もちろんナオコも一緒ね」
「いや、私なんか入っていいの?どう考えても場違いだし」
「そんなことないよ、まだ付き合いはないけれど、
これから仲良くしていけばいいんだし。それにナオコは美人だしね」
「私、美人じゃないよ。それに陰キャだし、誰にも相手されていないし」
「ナオコは思っている以上に美人だと思うよ。肌は白くて綺麗だし、
品もあるし、ちょっと魅せ方を変えれば大化けするよ。私が保証する。
着ている服もセンスいいし」
「あの、この服は……」
ナオコは、この服は古着屋で安く買ったなんて言えなかった。
「兎に角、私がナオコと一緒に行動したいの。理由なんてそれで充分!」
流石、陽キャ。有無を言わさずとはこういう事だろうな。
っていうか、いつの間に私、呼び捨てにされてる。
もしかして本当に友達と認められたの?
陽キャのコミュ力、ハンパねぇ。
「さっき聞こうと思っていた事なんだけど……」
どうしようか迷っていたけど、ナオコは思い切って聞く事にした。
「シズカさんみたいな美人なら男の人は黙っていないと思うんだけど、
誰かと付き合っているって話が出てこないのよね。
話したくないなら、無理に話さなくていいけど……」
ナオコはやっぱり言わなければと思った。口をもごもごさせている。
「シズカでいいよ。私が友達認定したんだし。遠慮しなくて大丈夫!
まぁ確かに今、付き合っている男の人はいないよ。過去に色々あったし。
別に今話してもいいけど、絶対ドン引きされるから。
だからこの話はこれでお終い。いつか笑って話せる時が来たなら
じっくり話してあげる」
こう言われると、まぁこの話は終わりにした方がいいなと。
陽キャには悩みがないと思い込んでいたけど、
何だ、秘密にしたい事だってあるじゃないか。
今まで別次元の人間だという認識だったシズカが、
何だか身近に感じられるようになってきた。
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