じゅずつなぎ

仁城 琳

じゅずつなぎ

きっかけは些細な事で、でもそれが私には忘れられない出来事になった。あれは小学生三年生の時。

「それ!雑誌に載ってた服だよね!」

「ほんとだ!かわいー!」

「フォルテシモの新作だよね!」

「モデルのMOAちゃんが着てるの、すごくかわいかったけど、えりかちゃんもすっごく似合ってる!」

同じクラスの夕崎 栄利加は学年一の美人でみんなの人気者。家もお金持ちで持ち物はブランドや流行の最先端の物ばかり。みんなが彼女に憧れ、彼女を持て囃していた。でもそれは本心からではなく、自分が虐められないように。栄利加はクラスのリーダーで、栄利加が気に入らない子は虐められた。だからみんな栄利加に気に入られたくて必死に褒める。ご機嫌取りをする。かくいう私も周りのみんなと同じだった。

「えりかちゃんかわいいもん。なんだって着こなしちゃうよね!」

「そうかな?ありがと。」

栄利加の顔を見る。満足そうだ。よし、今回も失敗しなかった。栄利加の機嫌を損ねなければ学校で穏やかな生活を送れる。

「いいなー、えりかちゃん。私もえりかちゃんとお揃いにしたいなー。」

「私も私も!えりかちゃんとお揃いがいい!」

えりかちゃんとお揃い、か。うん。私もお揃いにしたいな。栄利加と同じものが欲しいと騒ぐ取り巻きを見て栄利加は満更でも無い顔をしている。お揃いにしたらえりかちゃんに気に入られるかな。そんな考えが頭をよぎった。

「ねぇ、お母さん。フォルテシモの服が欲しいの。この雑誌に載ってるMOAちゃんが着てるやつ。」

「フォルテシモって、ブランドじゃない。あなたが普段着てる服より高いのよ。何も無いのに買えません。」

「えー。お願い!どうしても欲しいの!」

「ダメです。」

「まぁまぁ、お母さん。有紀もお洒落に興味を持つようになったんだろう。いい事じゃないか。有紀、明日お父さんと買いに行こう。」

「ほんとに!?お父さんありがとう!」

「もう、お父さんってば…。でもそうね、有紀もお洒落したいわよね。お母さんも一緒に行くわ。」

「ありがとう!お母さん!お父さん!」

月曜日、早速私は栄利加とお揃いの服を着て学校へ行った。それが現在まで続く辛い生活の始まりになるなんて思いもしなかった。

「おはよう!」

「おはよう、ゆうきちゃん!え…それ…。」

「うん!えりかちゃんとお揃い!えりかちゃんが着てるのすごくかわいかったから、買ってもらったの!どうかな?」

教室が静かになる。あれ?どうして?

「みんな、おはよう。」

栄利加が教室に入ってくる。私を見て栄利加が目を見開いた。

「あ!おはよう、えりかちゃん!これ、えりかちゃんとお揃いにしたくて買ってもらったの!えりかちゃん、今日も来てきたんだね。お揃い、嬉しいな!」

栄利加に近付く。笑顔の私と対照的に栄利加は無表情だった。

「…は?」

「え、えりかちゃん?」

「栄利加の真似?最悪。」

それだけ言うと栄利加は私の横を通り過ぎてクラスメイトと話し始めた。サッと血の気が引く音がして頭が真っ白になった。やってしまった。えりかちゃんの機嫌を損ねた。どうして?だってみんながお揃いにしたいって言ってた時、気分が良さそうにしてたのに。どうして。

「…!えりかちゃん!違うの!真似とかじゃなくて…えりかちゃんがかわいかったから!だからお揃いが良くて!!」

私は必死だった。どうしよう。虐められる。それだけは嫌だ。なんでよ。えりかちゃんだってお揃いにしたいって言われて嬉しそうにしてたじゃない。

「えりかちゃん!聞いて…!」

「だから、真似でしょ。栄利加の。そう言うの嫌い。」

えりかちゃんの冷たい視線が私を刺す。栄利加だけじゃなかった。クラスメイトみんなが私を冷たい視線で見る。

「えりかちゃんが着てるからかわいいんだよ。あんたが着たってかわいくないから。」

「そうそう。それにえりかちゃんとお揃いにしようなんて、生意気なんだよ。」

「えりかちゃん真似されてかわいそう。」

クラスメイトが次々に罵声を浴びせてくる。私は喉が張り付いたようになって声が出なかった。その日から私は虐めのターゲットになった。

些細な間違いだった。みんなが「お揃いにしたい」って言っていたのは栄利加の気分を良くさせるため。特別な栄利加を引き立たせるため。栄利加はみんなとは違う物を身につけている特別な自分が大好きだったのだ。それに気付かずに、私は馬鹿だ。あの日から時間は流れ、私たちは中学一年生になっていた。虐めは続いていた。最初は間違えてしまった自分を責めた。馬鹿なことをしなければえりかちゃんに嫌われなかったのに。どうにかして関係を修復したい。えりかちゃんに謝りたい。そんなことばかり考えていた。しかし中学生になった頃から自責の念は恨みに変わっていた。あんな些細なことでどうして自分が虐められなければならないのか。中学受験に失敗した栄利加が公立中学に来ることになったせいで同じ中学に通う事になった。中学生になればこの生活から開放されると思ったのに、栄利加とその取り巻きにあることないことを広められて友達は一人もできない。私は栄利加を恨むようになった。あんな些細なことで何年も虐めを続けるなんてみんなどうかしてる。栄利加さえいなければ、私は普通の生活を送れるのに。栄利加さえいなければ、虐めが始まることもなかったのに。

虐めは無視や陰口など。先生にも気付かれない様なもの。それでも何年も続けば私の心を壊していくのに充分だった。私は学校を時々休むようになっていた。親には気付かれたくなかった。虐められていることはもちろん、お父さんが買ってくれたあの服がきっかけだなんて、絶対に知られたくなかった。今日も学校を休み、SNSを見ていた。何も考えずにSNSを見ている時間は学校の事も、栄利加の事も、忘れられる気がして。私は部屋に引きこもり一日の大半をSNSを見る時間に費やしていた。流れてくる動画を眺める。スワイプして次の動画を眺める。内容なんて頭に入ってこない。ただただ流れてくる動画を眺めるだけ。ふと、一つの動画に目が止まった。

「…ん?」

妙にキラキラとした背景に文字が並んでいる

『この動画を見つけたあなたへ!あなたは幸運です!あなたは誰かを恨んでいませんか?そんなあなたへ!嫌いなあいつを消しちゃいます!嫌いなあいつの名前をコメントに書いてね!個人情報はなるべく細かく、名前もフルネームで書いてね!』

「なに、これ…。」

イタズラだろうか。栄利加を恨んでいる私が言うのもなんだが悪趣味な動画だ。投稿者は、

「jyuzu_tunagi…じゅずつなぎ?数珠繋ぎ?」

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『⚫○○中学の○○。マジで嫌い。

返信-⚫冗談でもそういうの書くの良くないと思

います。

⚫あーwそうですねw

⚫善人気取りおつかれさまですー

⚫これってマジなんかな?

⚫こんなの信じるの小学生だけでしょw

⚫通報しました。

⚫さすがに嘘。

⚫こ れ に か き こ ん だ ら ら く に な れ る ?

⚫信じる人、このコメントにいいねして』

大半はなんでもないコメント。でも。

「名前、書き込んでる人もいるんだ…。」

こんなものどうせ嘘だろう。書き込むだけで嫌いなやつを消してくれるなんて。もしかしたら個人情報を集めてるのかも。なるべく細かく、なんて書いているし。どうせ嘘。だけど。

「書き込むだけ…なら。」

学校にこのアカウントを知ってる友達はいない。そもそも友達がいないのだけど。

「浅沼中学。一年C組の夕崎 栄利加。…と。」

書き込むだけ書き込んで指が止まる。書き込んでしまっていいのだろうか。本当に、本当に消えてしまったら。

「いやいや、こんなの嘘だし。別に書き込んだって…。」

嘘だと思うのなら何故私はコメントしようとしているのだろう。…そうだ、消えてほしいんだ。栄利加に。栄利加さえいなければ。

「栄利加なんて、消えちゃえばいいんだ。」

私はそのままコメントを投稿した。コメント欄には私が書き込んだ

「浅沼中学。一年C組の夕崎 栄利加。」

というコメントが確かに残されている。後悔は無かった。

翌日。石のように重い足を必死に動かし学校へ向かう。教室に入った途端聞こえてくる笑い声。顔を上げるとニヤニヤとこちらを見ているクラスメイト。私と目が合うとサッと目を逸らし、コソコソとなにか言い合いまたこちらを見て笑うのだ。何を言われているかは分からない。だけど良くない事だと言うことだけは分かる。小さな悪意の集合は私の心をすり減らすのに充分だった。憂鬱な気持ちを抱えて教室の扉を開く。笑い声が、聞こえてこなかった。いつもと違う朝に驚いて周りを見渡すが、誰も私を見ていない。どうして?疑問に思うが聞ける相手などいるはずがない。そしてもう一つ気になる事があった。いつもみんなの中心にいる栄利加がいない。

「お前ら、席に着け。」

担任が教室に入ってくる。始業時間はまだのはずだ。私たちは戸惑いながら席に着く。

「落ち着いて聞いてくれ。昨日、夕崎が亡くなった。」

…え。心臓が跳ねた。私の心の中とシンクロするように、教室がざわめく。

「それについて、話がある。まず、一限目は無しだ。とにかく体育館に集まってくれ。」

「嘘。」

思わず声が漏れる。小さな声は教室のざわめきに飲み込まれた。

その後、全校生徒に栄利加の死亡について話がされた。昨日の夜、夕崎 栄利加が亡くなった事。詳しくは言えないが状況が特殊である事。警察が動いている事。しばらく休校になるが外出はしないように、どうしても外出しなければならない時は一人では絶対に外出しないように。先生も混乱しているのか、淡々と話しているがまとまらない説明だった。それとも私の動揺が理解を妨げているのか。

「ねぇ、栄利加さ。首がなかったんだって。」

「嘘でしょ?意味分かんない、やめてよ…。」

コソコソと話すクラスメイトの会話が耳に入る。…私が、コメントしたから栄利加は殺された?

全校集会が終わり、そのまま授業は中止。家族に迎えに来てもらうか、それが出来ない場合は先生達が付き添い集団で帰ることになった。私はお母さんが迎えに来てくれた。お母さんが運転する車に乗り込む。

「えりかちゃん、小学校から一緒だったわよね。残念よね…。」

お母さんは黙り込む私を見て勘違いしたのだろう。慰めようとしてか声を掛けてくれたが、私はそれどころでは無かった。放心状態だった。私がコメントしたから栄利加は死んだのかな。次に湧き出した感情は、

「…ふ、う。ふふ。」

助手席で下を向き肩を震わせる私を泣いていると思ったのだろう。赤信号で止まった車の中でお母さんが背中をさすってくれる。だけど私は泣いてなんかなかった。栄利加が死んだ。消えた。これで、これで私は開放される。歓びが湧き出す。笑いが止まらなかった。

大嫌いな学校。しばらく行かなくて済むんだ。でも栄利加が消えた学校なら行けるかも。行きたいかも。早く学校に行きたい。友達ができるかも。だって栄利加はもういない。私を虐める元凶はもういないんでしょう。私はまだ見ぬ楽しい学校生活を想像して酷く浮かれた気持ちになった。放課後にカフェに行きたい。プリクラを撮ったり。あ、お揃いのキーホルダーをカバンに付けたいな。…お揃い。お揃いを嫌がるような異常な人間とは友達になりたくない。そんな子がいたらまたあの動画にコメントしたらいいのかな。…ズズ。

「え。」

部屋の外。廊下から何か。引き摺るような音がする。

「お母さん?」

ズ…ズズ…。音は近付いてくる。

「お母さん?お父さんなの?」

部屋の扉がノックされる。ドアノブを掴む。がちゃりと音をたてて扉が開かれる。そこにいたのは、お母さんでもお父さんでもなくて、

「…。」

真っ暗な廊下の闇に溶け込む真っ黒な身体。顔は見えないけど身体に無数の穴が空いているのだけはなぜか認識できた。そして、その手には、

「…ひっ。」

ロープのようなものに連なる丸い物体。よく見ると人の生首のようだ。そのうちの一つがゴロリと転がりこちらを向く。

「…えりか…?」

悲痛に歪んだその顔は確かに栄利加だった。ふと思い出す。

「「栄利加さ。首がなかったんだって。」」

真っ黒な何かは部屋に入ってくる。こちらへ向かって手を伸ばす。

「い、いや!来ないでよ!」

必死に逃げるが部屋の中には逃げ場がない。

「来ないでってば!あっち行って!!」

手当り次第に物を投げるが真っ黒な身体をすり抜けて向こう側に飛んでいく。

「じゅ…ず…。じゅ…ずつなぎ。」

「いや…いや…!」

「ひとをのろわばあなふたつ。」

「いっ…。」

真っ黒何かが私の頭を掴む。ブチり。音がして私の視界は真っ暗になった。


僕は虐められている。周りからは優等生だと信頼されているこいつになぜか目を付けられ、それからはずっと苦しい毎日。今日も殴られる。

「五万持って来いって言ったよな?」

「…っ、ごめん。だけどこの間だって渡したし、もうお小遣いもバイトの給料もなくて…!」

「言い訳しろなんて言ってないんだけど。いいから明日は絶対持ってこいよ。」

もう一度お腹を殴られてあいつは去っていった。本当にお小遣いも給料も残ってない。親の財布から盗んだのもバレてしまった。…もう、死んでしまいたい。だけど、あいつなんかのせいでどうして僕が死ななければいけないのか。あいつさえいなければ。あいつが消えれば。

家に帰り、何となくSNSを眺める。明日は学校を休もうかな。だけど休んだら次に行った時に何をされるか分からない。憂鬱だ。動画の内容なんて頭に入ってこない。靄のかかった頭でひたすらスワイプする。

「…なんだこれ。」

現れた一つの動画に思わず指が止まる。

「コメントするだけ…で…。」

コメント欄を開く

『⚫○○中学の○○。マジで嫌い。

返信-⚫冗談でもそういうの書くの良くないと思

います。

⚫あーwそうですねw

⚫善人気取りおつかれさまですー

⚫これってマジなんかな?

⚫こんなの信じるの小学生だけでしょw

⚫通報しました。

⚫さすがに嘘。

⚫こ れ に か き こ ん だ ら ら く に な れ る ?

⚫信じる人、このコメントにいいねして

⚫浅沼中学。一年C組の夕崎 栄利加。』

心臓がドキドキと音を立てる。こんなの信じるわけじゃないけど、だけど、もし本当なら。

「この生活から抜け出せる?」

僕はコメントにあいつの名前を書き込んだ。

「まぁ、どうせ嘘だろうけど。」

なぜか震える指先でコメントを投稿する。コメント欄にあいつの名前が載る。その時、スマホの画面にノイズが走る。

「え。壊れた?」

投稿者である『jyuzu_tunagi』の文字が一瞬漢字になったように見えた。

「気のせい…だよな。」

SNSを閉じて一通りスマホの挙動を確認する。故障ではないようだ。

「ほんとに、消えちゃえばいいのに、あんなやつ。」

スマホをベッドに放り投げる。指が当たってSNSが開いてしまったようだ。先程の動画が画面に写っている。僕はそれをそのままにして目を閉じた。光る画面の中、投稿者の名前がチカチカと変化する。が、気付かない。

「『呪珠繋ぎ』」

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