彼と私と秘密のおまじない

鋏池 穏美

隠し味とおまじない


「今日のご飯も美味しいね。いつもありがとう」


 そう言って私の大好きな彼が笑う。交際してもうすぐ一年。彼はいつも私の料理を褒めてくれる。


「でもこのお味噌汁の味……さては何かいいことあったな?」


 彼がお味噌汁を飲んでから口にした言葉に、私は少し焦る。いいことがあったことは、秘密にしておくつもりだったのに……


 どうしてもいつもの癖が出てしまった。


 私は嬉しいことがあった日、お味噌汁のお味噌の配合を少し変える。出汁の効いたお値段の高い赤味噌を増やし、ささやかな特別感を出す。いわゆる幸せのお裾分けだ。


 彼には秘密で始めたおまじないのような行為だったのだけど、彼には筒抜け。特に今日は嬉しすぎて、彼が以前から食べたいと言っていた、大好きな食材まで隠し味に使ってしまった。「いつも美味しいけど、今日のは特に美味しいね。隠し味に何か使ったの?」と聞いてくる彼。


 それに対して私は「あなたが大好きなものと……愛情のおまじないかな」と、惚気けてみせた。いいことがあったのはバレてしまったけれど、まだとっておきのサプライズは彼には秘密。


 なんといっても今日のメインはこの後のお料理。なかなか手に入らない食材で、さばくのにちょっと手間取ってしまった。とりあえず刺しと煮付けで準備したけれど、やっぱり王道の鍋がよかったかなぁ? と、今更になって色々と考えてしまう。


 「えー? 僕の大好きなもの? なんだろう?」と、お味噌汁を美味しそうに飲む彼。これならメインのお料理はとても感動してくれるはずだ。


 「じゃあそろそろ今日のメインを持ってくるね」と、キッチンに準備しておいた刺しと煮付けのお皿を持ってくる私。彼は目の前にお皿が置かれると、口に手を当てて驚いた表情を見せる。


 「嘘だろ……? これって……」と、とても驚いているようで、調理した私としては大満足の反応だ。驚く彼に私が「そうだよ。あなたが食べたいって言ってたクエ」と伝えると、彼は満面の笑みを浮かべ「ありがとう!」と、嬉しそうに大きな声を出した。


 そう、お皿の上の料理は幻の高級魚であるクエ。彼が一度食べてみたいと言っていた、中々手に入らない食材。


 目の前で嬉しそうにクエの刺しと煮付けを頬張る彼。その幸せそうな顔を見て、私も嬉しくなってしまう。彼の食べたいと言っていたクエと、彼が前々からと言っていた、隠し味に使った食材。こんなに喜んでくれるなら、作りがいがあるというものだ。


 だけど彼には秘密。


 彼が「大好き過ぎて食べちゃいたい」と言っていた浮気相手を隠し味に使ったことは、彼には内緒。


 今でも彼の鞄に忍ばせた盗聴器から聞こえてきた「玲香ちゃんのこと大好き過ぎて食べちゃいたいな」「えー? 私は食べ物じゃないよぉ」「僕にとって君は最高の食材だよ」「じゃあ上手に調理してね?」という会話を思い出すと震えるが、目の前の彼の幸せそうな顔を見ると、許してしまう。


 とりあえず今日はお味噌汁と煮付けにアバズレの頭の味噌を使った。刺しにはアバズレの肝を使った肝醤油。まだまだ彼のは残っているので、しばらく私の秘密のおまじないは続きそうだ──




(了)


 

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彼と私と秘密のおまじない 鋏池 穏美 @tukaike

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