それは『愛』

赤オニ

本編

 ガチン! と目前に迫った鋭い牙に、危機一髪だった、と私は足に力を込めた。

 この世は弱肉強食の世界だ。弱いものは食べられ、強いものの血肉となる。

 青い空の下を思い切り駆けるのが好きだ。甘酸っぱい木の実を口いっぱいに頬張ることが好きだ。兄弟とじゃれ合い遊び回ることが好きだ。

 好きなものがたくさんあるこの世界で、死にたいだなんて思わない。それでも、私は食べられるってどんな感じだろう? と気になった。

 死んだら終わりだ。バクっと首に噛みつかれ、鋭い牙が柔い皮膚を突き破り、真っ赤な血を撒き散らす。手足はだらりと力無く垂れ下がり、骨は砕けてただの肉塊となる。

 死んだらもう青い空の下を思い切り駆けることは出来ないし、甘酸っぱい木の実を口いっぱいに頬張ることも、兄弟とじゃれ合い遊び回ることも出来なくなる。

 それは悲しい、と思う。

 でも、いつか姉が言っていたことを思い出す。

『食べて欲しいって思うのは、愛なのよ』

 兄弟の中でも特別夢見がちで、ふわふわと宙に浮いているようなうさぎだった。

 姉は、一週間前にライオンに食われて死んだ。

 死んだらもう夢見ることも出来ないのに、姉はそれで満足だったのだろうか。

 食べて欲しいって思うのは、愛なのよ。

 姉の言葉を反芻させる。

 あい。アイ。愛。

 私にはまだ、難しくてよく分からない。

 でも、いつかそんな相手が現れるのかな、なんて。

 姉の妹らしく、夢を見るのだ。

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それは『愛』 赤オニ @omoti64

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