大義滅親
三鹿ショート
大義滅親
命乞いをする人間を、どれほど処分したことだろうか。
当初は、眼前の人間の生命を奪うことに対して躊躇していたが、今では震えることなく実行することができる。
それでも、目を閉じる必要があった。
弱音を吐くことなく、淡々と仕事をこなす私のことを彼女は褒めてくれたが、内心は穏やかではない。
仕事をした夜には必ず悪夢を見、叫びながら目覚めることは当然だった。
だが、私がこの仕事から離れることはできない。
何故なら、そうしなければ、私の両親がこの世を去ることになるからだ。
***
私の両親は良い人間だが、愚かだった。
騙されているとも知らずに金銭を渡してはその相手に逃げられることは珍しいことではない。
彼女が現われたのは、深く考えることなく友人の保証人と化した両親に話をするためだった。
いわく、両親の友人の借金は相当なものであり、生涯にわたって普通に働いたとしても返済することができないほどらしい。
ゆえに、普通ではない仕事をすることで、返済するようにと求めてきたのである。
尋常なる人間ならば、驚きと恐れのあまりに何も喋ることができなくなることだろうが、私の両親は、彼女に迷惑をかけてしまっているということで、即座に頷いた。
当然ながら、私は止めた。
何をするのか分からないにも関わらず仕事を引き受けてはならないと、私は告げた。
しかし、両親は彼女に申し訳がないとの一点張りだったために、私が代わりに、彼女と共に働くことを決めた。
その言葉に、両親だけではなく、彼女も驚いたような表情を見せた。
「返済は、あなたの役目ではありません。今までのような平和な日常に別れを告げることになりますが、それで良いのですか」
その言葉に、私は首肯を返した。
私の両親がどれほど愚かだったとしても、誰にでも優しさを振りまく人間は、この世界にとっては貴重な存在である。
この先、同じような真似に及ぶ可能性もあるが、両親が消えるのは、今ではない。
彼女は私のことをしばらく見つめた後、小さく息を吐くと、
「では、行きましょうか」
私の背後で、両親が泣いているのが分かった。
泣くくらいならば、もう少し考えてから行動してほしいものである。
***
私本人が迷惑をかけたわけではないためか、私に対する彼女の態度は、他の人間とは異なっていた。
下着姿で涙を流す人間を足蹴にし、商売道具である人間たちには休む暇を与えることがないものの、彼女は頻繁に、私を気遣うような声をかけてくれていた。
それでも、私の仕事を変えるつもりはないらしい。
何時まで続けなければならないのかは不明だが、赤く染まったこの身体では、元の世界に戻ることはできないだろう。
ゆえに、借金の問題が片付いたとしても、私はこの仕事を続けようと決めていた。
***
今回の相手は、頭部を袋で覆われた男女だった。
話によれば、彼女の仕事仲間の人生を奪った極悪人だということだった。
彼女が仲間を想っている姿を見たことはないが、彼女がそのように言うのならば、そうなのだろう。
私は常と変わることなく、仕事を開始する。
猿轡を噛ませているのか、私が手にした刃物が腹部に突き刺さると、くぐもったような声が聞こえてきた。
それから先の行為については、目を閉じていたとしても、可能である。
開いた腹部に手を突っ込み、掴んだ臓器を握りつぶしていく。
手当たり次第に潰していき、やがて声が聞こえなくなると、次の人間に移る。
反応が無くなったことを確認すると、二人の身体を機械に入れ、液状と化すまで潰し、掻き混ぜていく。
人間だったものが単なる液体と化せば、私の仕事は終了である。
仕事を終えたことを彼女に伝えると、彼女は一葉の写真を私に渡してきた。
首を傾げている私に、彼女は告げた。
「今、あなたが処分したのは、其処に写っている人間です」
私が驚きを隠すことができなかったのは、当然のことだろう。
何故なら、写真の人間とは、私の両親だったからである。
写真を手に立ち尽くし、無言と化した私に向かって、彼女は淡々とした様子で、
「あなたに救われたにも関わらず、あなたの両親は、同じことを繰り返していました。あなたの人生と引き換えに、これまでと変わることのない人生を手に入れたということを理解していなかったようです。そのような恩知らずに、生きる価値など存在していません」
気分が悪くなったが、嘔吐するほどではなかった。
それは、両親を殺めてしまったという罪悪感によるものではなく、何も変わることがなかった両親に対する呆れからくるものだったのかもしれない。
予想していたこととはいえ、子どもが人生を捨ててまで救ってくれたことを理解していない両親が、信じられなかったのだろう。
それでも、何故子どもである私に処分させたのだろうか。
その問いに、彼女はわずかに眉を顰めると、
「私の経験上、他者ではなく本人が手を下した方が、気分が良くなるからです」
彼女は、私と同じだったということなのだろうか。
その言葉を耳にしてから、彼女に対して親近感を覚えたが、それを口にすることはなかった。
理由が何であろうとも、私は両親を殺めるほど憎んでいなかったからだ。
それでも、彼女の言葉通り、清々しさにも似たものを覚えていることを、認めたくはなかったのだろう。
彼女に感謝するべきなのだろうか。
その瞬間、私は越えてはならない一線を越えてしまうような気がしたために、それからは以前と変わることなく、仕事を続けた。
大義滅親 三鹿ショート @mijikashort
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