第3話 秘密~完~
背の高い草花が風で絡む音を聞きながら、ペンキが所々剥がれたベンチに座った竹内サナは海を眺める。高台にあるこの場所は大切な人が教えてくれた。初めて来た時は急な階段のキツさに息を切らしスタスタと先を行く彼の背中が大きく見えた。それから毎年ここを訪れる度に想像よりもキツくなかったり、あんな建物なかったのにな…と変化が少し寂しかったり。今日は約束の日ではなかったけど、昼間あんなことがあってからどうしても来たくなった。
「彼氏?」前野にそう聞かれて思わず「うん」って言ったけど。そんなことはなくて、キスだって私が強引にしただけであの日から一度も会ってないのに…。
「はぁ…」
大きなため息が出る。
〜
サナは小さい頃から母親しかいないことを理由にいじめられていた。最初は些細なことだったが、どんどんエスカレートしていって、高学年になることろには教科書がなくなってたり上履きがトイレに捨てられてたり。そんな世界から連れ出してくれたのが彼だった。
転校してきたその日、女子達は少し騒がしくなっていた。でもサナへのイジメは日常と変わらずに行われ、もちろん彼の目にもそれは映った。
イジメのリーダーと取り巻きの女子達が教室の隅っこでサナを詰めていた。ズカズカと彼はそこに割って入って来て。
「そいうのダサいよ」
すごく冷たい視線と強い言葉だった。
そしてそのままサナの手を引っ張って学校を抜け出し、この高台までやってきた。
「すごいでしょここ知ってた?引っ越して来た日に冒険してたら見つけたんだ」
そう言って笑う彼はとても可愛い少年だった。
頬を撫でる風がこれが恋ですとサナに告げた。
〜
乾いた指先で頬を撫でる。
「トオルくん」
自分にしか聞こえない声で彼の名前を呼んだ。
〜
それから、イジメは少なくなっていつの間にかなくなっていた。トオルはサナの初恋でそして、初めての友達になった。
放課後はほぼ一緒に帰ったし、たまに「秘密の場所」と名付けたあそこにも足を運んだ。お互いの家を行き来してよく格闘ゲームで対戦したり、こんなふうにずっと一緒に大人になるんだろうなとサナは思っていた。
「ごめんサナ…話しがあるんだ」
悲しそうなトオルの表情で良くないことだと言うのはわかった。
一緒に大人にどころか中学生にもなれなかった。父親の仕事で遠くに引っ越して行ったからだ。出発の前日、あの場所で二人でいた。
「新幹線使えば三時間くらいで来れるから、絶対に会いに来る」
それが簡単じゃないことはサナにもわかった。でも、トオルは力強い言葉で言う。
「毎年、九月九日。サナの誕生日にここに来るから」
そう言ってトオルは涙目のサナの手を掴んだ。
「本当に…でも無理しなくていいからね」
サナは目一杯の笑顔で返した。
次の年、中学一年生になった二人は約束通り「秘密の場所」で再会した。
照れ合う二人は互いに会話を探す事で必死だった。でも、そんなのはすぐに吹き飛んで、いつの間にか前と同じように遊んだ。もうサヨナラの時に、サナがプリクラ撮ろうと誘った。初めて二人で撮るプリクラ。慣れない機械に手間取りながらもやっと撮影。カーテンで仕切られた二人だけの空間でサナはトオルにキスをした。真っ赤な顔のトオルに負けないくらい、サナの顔はもっと真っ赤だった。駅まで手を繋いだ。その繋がれた手がなにか特別なモノのように感じて
「また来年会いに来るから」
そう言ったトオルの別れの言葉も寂しくなかった。
あれから三年、サナは高校一年生になった。あれからトオルとは会えていない。
電話も手紙もしたくなかった。してしまうと約束の絆が安っぽくなる気がして出来なかった。
〜
「帰ろっか」
ひとりぼっちの自分に言い聞かせるように、サナは「秘密の場所」を後にした。
〜
時間は何もしなくても勝手に流れていく、それでも思いは褪せることなく変わらずにここに在る。サナは大学生になった。毎年、九月九日には「秘密の場所」でひとり歳を重ねた。高校生までは、万が一を思って九日の他に八日も十日も来ていた。
見える景色はあまり変わらずにいてくれた。その事に少し感謝して今年の九月九日もひとり過ぎていった。
今年で最後にしようかな…できるかな…。二十二歳になる九月九日を数日後に迎えるサナは初めて迷った。そんな時だった。
久々の再会。いや一方的にこちらが見ているだけだが…間違いなくトオルだった。テレビ画面に映る大人になったトオルはサッカーのユニホームを着ていた。
あれ?中学でサッカー部に入ったて言ってたっけ…。そこからは思考が止まった。ただただ、画面に映るトオルを見ていた。
衝撃は数日たっても消えることなく九月九日を迎えた。その日は何故かいつもより早く目が覚めた。まだまだ暑い九月、不思議と気分が良くて、久しぶりにしっかりとメイクをした。そして、お気に入りのシャツ選んで家を出た。
例年と変わらないこの場所。ひとつしかないベンチに腰をおろしいつもの景色を眺める。ひとりぼっちで過ごすためにオシャレをした自分がおかしくて少し笑えた。どれだけここで過ごしただろう…。数年間が思い起こされる。来る度に泣いてた中学生だった頃。妄想に浸った高校生の頃。義務化していることを否定出来なかった大学生の現在。
「すごいでしょ!ここ知ってた?」
無邪気に笑うトオルの顔は、今でもハッキリと思い出せる。かっこよくなってたな…。
テレビに映ったトオルの顔を思い出す。
「あーあ…せっかくメイクしたのにな」
一粒の涙が落ちて少し仕方なさそうにつぶやくサナ。
ガサガサ…
ドキリとした、誰かの足音。こんなこと初めてだった。どうしよう振り返る?やだ泣いてる。見られることは無いよね?
トオルかもという可能性を考えなかった。そんなことあるはずないと思っていた。ここにはトオルに会いに来ているはずなのに。
「サナ…」
その声を待っていたんだとわかった。少しだけ流れた涙が今度は大粒の涙に変わる。声が漏れそうになるのを必死で堪えると肩が震えた。そこに大きくて暖かい手が触れた。
「ずっと…ずっと…ごめん」
優しく包み込むようにサナの肩を抱く声の主も涙声だった。それを聞いたサナは堪えきれず声を出して泣いた。
「待っててくれてありがとう。でも待たせてごめん…そして二十二歳のお誕生日おめでとう…」
数分…いや数十分、そのままの状態が続いた。だが、思いっきり泣いたからかスッキリしたサナは
「遅すぎ!なんなの!え!?あなた誰ですか?」
怒った。
初めて目を合わせた二人。
「た…ただいまでいいのかな?」
トオルが口を開く。
「…いいよ。おかえり」
微笑み合う二人。
二人で並んでベンチに座った。トオルは今までの経緯を話し出した。
中学二年生にあがる頃に父親の海外赴任が決まった最初は残りたいと粘ったトオルだったが叶わずに家族でヨーロッパへと渡った。サナに伝えるために日本を発つ前にサナに会いに来る予定だったのに運悪く風邪をひいて身動きが取れなかった。そのままヨーロッパに渡り寂しさと不安をぶつけるようにサッカーに熱中した。そのうちクラブチームから声がかかるようになり、そこで結果を残し続けた。そして、トオルはビッグクラブからの誘いを蹴って日本のプロチームを選んだ。それが先日ニュースに出ていた理由だった。
「そっか…なんかわかんない。許せない自分もいて、でもそれ以上に嬉しい自分もいて
でもこれが現実なのかわかんなくて…」
また泣きそうになるサナに慌てるトオルは大きな紙袋を差し出した。
「ごめんサナ!でも僕は一日だってサナのことを考えない日はなかったんだ!これは、毎年買ってたサナへの誕生日プレゼント今年のも入れて全部で九個もあるんだ。やっと渡せる…見ててこれは中二の時に渡すはずだったやつで、これが中三…」
そう言って次々にプレゼントをサナに見せる。包装紙がボロくなってるのもありそれが年月を感じさせた。
「なにこれ?かわいい!」
サナは笑顔でくまのぬいぐるみを抱きしめる。
「そうでしょ!それは中二の時のやつ」
嬉しそうなトオル。そんなトオルを見ているとサナは心から愛おしさを感じた。
ぬいぐるみに文房具、それがアクセサリーに変わっていってる。それらを見てると心が離れていないことを実感した。
どれだけの時間を二人はそこで過ごしただろうか、トオルが立ち上がる。
「じゃあそろそろ…」
その言葉に胸がキューっとするサナは、立ち上がれずに不安な顔をトオルに向ける。
「行こうサナ」
トオルはサナに手を伸ばす。
「う…うん」
「次はいつ会えるの?」
トオルの手をつかみサナが尋ねた。
「いつでも会えるさ!僕はずっとサナのそばにいれるんだから」
その言葉にサナは心底驚いた。
「えーー!どういうこと!なんで!なんで!」
キョトンとするトオル。
「えっと…サナ。僕の話聞いてた?」
「?」
目を見開くサナに帰りながらトオルはもう一度最初から説明した。
〜
「ママ〜、パパが早いー」
「そうだね〜パパはサッカー選手だからね」
たくましい大きな背中を追う小さい女の子。その手をひく母親。
「ママ〜この上に何があるの〜?」
女の子の問いかけに母親は、優しく笑ってこう答えた。
「秘密だよ」
〜[完]〜
秘密 野苺スケスケ @ichisuke1009
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