第16話

 仕事終わりに改札を抜け、屋根付きの階段を下っていく。

 午後五時過ぎのホームは閑散かんさんとしていた。


 なんともなしに壁の広告を眺めつつ、点字ブロックに沿って歩いていく。

 と、張り替えたばかりの真新しい広告が目にとまった。


 水着姿の三人の女性が満面の笑みで笑っている。

 背後には大海原のような巨大プール。

 有名なレジャー施設の広告らしい。


 夜は施設内のホテルから大きな花火が見られるという。

 何から何まで巨大が売りらしい。

 大方価格も例外ではないのだろう。


『泊まりでだって楽しめる!』


 普段なら見向きもしないようななんの変哲も無い宣伝文句に、今日だけは釘付けにされる。

 同僚たちに合コンを兼ねてプールに行くと自慢された今日この日だけは。

 暑いだなんだと理由をつけて、有給を浪費するあいつらが今だけはうらやましい。


 思い浮かぶのは真っ白なビーチ。

 ……砂浜を再現した波のプールが確かあったはずだ。


 そして水着を着込んで楽しそうに笑う先輩。

 はじけるような笑顔と、少し日に焼けた肌。


「……いや、いやいやいやいや、待て」


 壁に手をついて頭を振り、妄想を振り払う。

 声に出てしまっていたことに今更気づき、慌てて口をつぐんだ。

 まわりに誰もいないとはいえ、気をつけるべきだ。

 いつ人前で同じことをするとも限らない。


 ……とはいえ、とはいえ、だ。


「悪くない」


 いや、むしろ良い。

 問題なのは俺の度胸と、先輩の予定だけだ。

 個人経営で何かと忙しい先輩は平日が休日になることが多い。

 新しく店員を雇ってから少しは楽になったというが、それでも定休日も発注、在庫整理に追われるあの人には決まった休日があまりないと聞く。


 それでも、たまにカフェへ誘ってくれるからにはある程度融通が利くのだろう。

 早いうちから頼み込めば、迷惑にならないかもしれない。


 胸ポケットのスマートフォンに手をかけようとして、目前を過ぎる回送電車にハッとなる。

 スマートフォンが、マナーモードで震えていた。


 須藤先輩からの着信だった。


『やっほー長谷川くん。元気そう?』



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