第15話

 帰宅すると、玄関に君の靴があった。

 でなければ礼儀正しい不法侵入者だ。


 今日はもう遅いし泊まっていく気なんだろう。

 部屋をのぞくと、案の定君がいた。

 僕の布団に潜り込んで、すやすや寝息を立てている。


 忍び足でそっと近づき顔をのぞき込む。

 無防備によだれなんか垂らしている君の横顔は、月に照らされて綺麗だった。


『──いいのかよ、それで』


 いつかの言葉が蘇る。


 僕があの校門をくぐった最後の日。

 呼び止めるために追いかけて来た、たった一人の親友の台詞が。


 それが、僕があの二年と半年の中で手にした唯一のものだ。


 暗く曇った空の下、僕は長谷川に向けて振り返った。

 声に出したい想いもあった。言い放ちたい言葉もあった。

 いっそ叫んでしまいたかった。

 けれど浮かぶ言葉はありきたりで、僕の想いとはほど遠い。


「……いいんだ」


 結局、こぼれ出たのはそんな一言と、一筋の涙だけだった。

 そんなやりとりを最後に、僕は国内随一の進学校を去った。


 後悔なんてしていない。

 きっと一生しないだろう。

 なにせ僕には、があるから。


 ほっぺたにたれた髪をなでると、君はくすぐったそうにうめいて寝返りを打つ。

 それだけで僕は、幸せだった。



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