そこに埋める

サクライアキラ

本編

 深夜、とある山奥、黒い服で固めその上にフード付きのカッパを着た男子高校生が懐中電灯で周りを照らしながら、シャベルを持って歩いてくる。


 不意に立ち止まり、土の硬さを足で確認する。


 シャベルで穴を掘り、制服を着た女子高生の死体を落とす。


 再びシャベルを使って、そこに土を埋めた。

 






一つの外車が高速道路を走っていた。


「全員弁護士になってから、こんな感じで出かけるなんてあるんだな」


後部座席に座っていた小宮が言った。


「そもそも大学のときからこんな年まで交流あるのなんて俺らくらいじゃないか。まあ田辺がこんな企画を開いてくれたからだけどさ」


 同じく後部座席に座っている園部が言った。


「まあ大学のときのメンバーでこういうことするのもありだろ。金にも余裕あるわけで、今の方が本当は自由に過ごせるんだからな」


 運転している田辺が言った。


 3人は同じ法学部に進み、今は全員弁護士になっていた。今は全員32歳になっており、3人とも弁護士の仕事としてはかなり順調だった。


「てか、田辺もうすぐ結婚するんだってな、おめでとう」


「ああ、ありがとう」


「で、結局俺ら今日どこに行くんだ?ドライブとしか聞かされていないからさ」


 小宮は少し心配そうに尋ねる。


「まあ何と言うか、結婚前に色々整理しようと思ってさ。まあ着いてからのお楽しみだよ」


 田辺は少し楽しそうにアクセルを踏む。車が加速していく。






 車は高速道路を降りた後、山道を走り出していた。


「なあ、俺ら山に行くのか?」


 園部は途中で寄ったコンビニで買ったおにぎりを食べながら、聞く。


「まあ着くまで待ってなよ」


 田辺は楽しそうにカーブを曲がる。



 後部座席で、小宮が園部に小声で話しかける。


「ここもしかしてあそこじゃね」


「いや、覚えてないけどそうかも」


 園部、ふと前を向くと、バックミラー越しに田辺と目が合う。


「いい加減どこ行くか教えてくれよ」


「もしかして、来たことあった?」


「いや、そんなことないよな、小宮」


「ああ」


「なら良かった、サプライズにならないからな」


 田辺の口角が少し不気味に上がる。

 小宮は少し怖くなり、田辺から目を背けるために少し後ろを向いた。すると、後部座席の後ろにシャベルが積んであるのを見つける。

 

 小宮は田辺の足をこっそり蹴り、目で合図し、田辺に後ろのシャベルを気づかせる。

 園部はこの時点で察した。察したからこそこんな質問をした。


「そういえばさ、お前の高校ってどこだっけ?」


「桜東高校、埼玉の。知らない?ちょうどほら、俺らが高校の時女子高生失踪事件が起きた学校の」


 平然と田辺が言うのを見て、園部と小宮は顔を見合わせる。


「え?」


「ああ、あれ俺の同級生なんだ。そういえばハートが好きだったなあ」


 園部は確信した。横の小宮は少し震えている。


「悪い、ちょっとトイレ行きたいから降りたいんだけど」


 園部はとりあえずこの場から離れることが最優先と考え、トイレを口実にすることにした。


 すると、田辺は何も言わず、ただスピードを一気に上げる。


「おい、田辺。おい!」







 それから10分が経ち、車は停まった。

 キャンプ場の駐車場だった。そして、目の前には湖がある。


「トイレ間に合いそう?」


 これまで何を聞いても言わなかった田辺がやっと口を開いた。


「飛ばしてたのって?」


「もう近くだったから、着いてからの方が早いなと思ってさ」


「なら言えよ」


小宮とともに園部は車を出て、近くの男子トイレに駆け込んだ。



 園部はホッと一息ついた。


「いや、田辺のやつ、焦らせんなよ。きっぱり……。なあ?」


 園部は小宮に聞く。小宮はまだ震えていた。


「お前、何震えてんだよ。あの感じ大丈夫だってわかっただろ」


「……、いや、あれはわかってるやつだわ」


「嘘だろ」


「多分、このまま俺らを殺そうとしてると思う」


「いや、何もなかっただろ、別に俺らを普通にバーベキューに誘っただけだって」


「俺もそう思ったけど、ハートのネックレスのことも暗に匂わせてきた。あれは報道では出ていないし、殺す直前に俺らがあげたやつだ。それにここは……」


「やっぱりここなのか」


「ああ、俺らがあの女子高生埋めた場所だ」


「……。そうか。そうだよな、やっぱり。ちなみに、俺ら、じゃなくてお前な」


「ら、だろ。お前も見張りをしてたわけだし、女子高生も一緒に運んだわけだし。そもそも殺したのお前だろ」


「まあでも埋めてはないからな、俺は」


「俺も殺してはないけどな」


「恨まれるならお前だよ」


「いや、殺したお前だろ」


「……、でもさ、これどっちか殺されたらさ、バレるよな」


「まあ、バレるだろうな」


「終わりだよな」


「となると、もうさ……」


「やられる前にやるしかないよな、小宮」


「仕方ないな」


「湖の底に埋めれば、バレないだろ」


「埋める達人だな、俺ら」


 園部と小宮、二人で笑う。




 園部と小宮がトイレから戻ってくると、田辺が湖の真横で空を見上げていた。


「ここさ、星が綺麗なんだよ」


 田辺はそう言った。


「ああ、そうだな」


 園部はそう言いながら、小宮とともにそのまま湖に田辺を突き落とす。


 田辺は、湖の中で手足をばたつかせている。


「残念だったな、俺らをはめようとしてたのはわかってたんだよ、小宮が気付いたんだよ」


「やっぱり大学からこんな年までずっと仲良くなんてことはできないな」


「じゃあな」


 園部と小宮が去ろうとした瞬間、パトカーのサイレンの音がする。


「なんだ?」


 パトカーから警察官が一気に出てきて、園部と小宮に近づいてくる。


「すみません、今湖に突き落とされた人がいたという通報があったのですが、見ていないでしょうか?」


「いや……」


「助けてください」


 湖にいる田辺が大声で叫ぶ。状況に気付いた警察官が数人でロープを使い、湖から引き上げる。



 水でびしょ濡れになった田辺は、園部と小宮を指さして、


「こいつらに落とされました」


「証拠はあるのか……」


 園部は黙っていたが、小宮がそう言う。


「あれを見てもらえれば」


 田辺、そう言いながら、車を指さす。


「あそこにカメラがあるんで」


 車載カメラがしっかり起動していた。そして、ちょうど犯行現場が映るように停車位置が工夫されていた。


「お前最初から……」


「それから、10年ほど女子高生失踪事件の犯人もこいつらです」


「どういうことですか?」


 警察官は不思議そうに尋ねる。


「トイレの中に盗聴器が置いています。多分証拠の音声が」


 田辺はトイレを指さす。


「おい、今すぐ見てこい」


 若手の警察官たちは急いでトイレを見に行く。


「とりあえず、署で詳しいお話し聞かせていただけますか?」


「くそぉ」


 園部は膝から崩れ落ちた。


「いつからだ?いつから俺らだって」


「最初からだ。お前らが人殺しだっていうのはわかっていた。だから、お前らを殺してやりたいと思った。ただ、普通に殺しても何の意味もない。お前らが成功した段階でそれを奪ってやろうとな。それに別に俺が手を汚す必要もないと思っていた。だから、お前らに俺を殺させることにした。俺が死ねばお前らは確実に死刑だったんだけどな。そこだけは残念だ」


「詳しい話は署で」


 園部と小宮は警察官に現行犯で逮捕された。


 その後、園部と小宮の自供により、女子高生の遺体が発見された。しかしながら、近くを探すと、他に同じ女子高生の死体が20体以上見つかった。

 園部と小宮は最初の一人以外の殺人を完全に否認したが、それらの死体の埋められた土の一部から微量ながら園部や小宮の毛髪などが見つかったことで、犯人と特定され、女子高生連続殺人犯として死刑となった。









 田辺は事件後無事結婚した。


「でも、彼女残念だったね」


「何が?」


「何がって。ああ、いや、ごめん。思い出したくないよね」


「ああ、佳穂のことか」


「付き合ってたんでしょ。やっぱり彼女のことをまだ……」


「そんなことないよ、これでちゃんと俺なりの弔いを果たせたからさ」


「そっか」


「これからは2人で一緒に楽しい家庭を築いていこうよ」


「そうだね!ちなみにさ、佳穂ちゃんってどんな人だったの?」


「うーん、内緒」


「いつもそれじゃん」


 田辺とその妻は幸せそうに笑う。二人の結婚生活は順調にスタートした。





 園部と小宮の死刑判決が確定した後、田辺の法律事務所に来客があった。

 被害者の野宮佳穂の母親だ。



「この度は娘の無念を晴らしていただき、ありがとうございました」


「いえいえ、私は何もしていませんよ」


「でも、どうして田辺先生はそこまでしてくださったんですか?」


「え?」



「田辺先生は佳穂となんら面識ないんですよね、佳穂の彼氏とかでもないですし」



「そうですね……、私この世から犯罪がなくなれば良いって思ってるんですよ。まあきれいごとですけど、そういう考えを持ってないと、この仕事できないですからね」

「やっぱり弁護士先生はすごいですね、弁護士ってやはり正義の味方ですね。本当に娘のためにありがとうございました」


 握手を求められ、田辺はそれに応じる。満足してその母親は帰っていった。












 この世に正義の味方なんているのだろうか。おそらくこの世にそんな人はいないんじゃないかと思う。例えば、知らない女子高生の失踪事件を解決するために、自分の命を懸けられる人間なんて本来いるはずもない。


 弁護士やら社会的に地位も高いと言われ、先生などと呼ばれる人。先生と呼んでいる人からすれば途方もなく別の素晴らしい何かに見えるのだろうが、中身は普通の人間に違いない。


 そんな思い込みがあるから、簡単なことも見逃してしまう。






 結婚するにあたって、一人の男としてやはり家族をちゃんと支えられる人間にならないといけないと思った。真人間の皮を被った、のではなく真人間にならないといけない。

 そのためには、“趣味”をやめないといけない。それはこれから普通に幸せな生活をする上で、最も重要なことだった。


 何とか“趣味”をやめることに成功した。禁煙は難しいと言うが、その“趣味”にも依存性があるんじゃないかと俺は思ってしまう。やはりバレるとやばいという独特の緊張感が依存性の原因なんだと思う。


 その仮説はやはり的中した。いざやってみると、もはや捕まる心配もなくなったことで緊張感がなくなり、きっぱり“趣味”もやめることに成功できた。ついでに、過去の“趣味”の痕跡もきれいさっぱり消し去ることにも成功した。


 そこに埋められた遺体は発見されたが、そこに埋められた真実は二度と掘り起こされることはないだろう。


 同じ“趣味”の人間を見つけられたことは人生の一番幸運な出来事だった。まさに危機一髪だった。当時は何ら幸運とも思っていなかったが、まさか依存の治療法として効果があるとは、やはり人生何が起こるかはわからない。

 

 “趣味”をやめた今、後ろめたいことは何もない。これからは真人間として幸せな家族を築いていきたい、そう思った。

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