第3話 挽回
「BUSの次の予約、決められていないんですけど、如何しますか?」
「決めない場合はどうなるんですか?」
「もしや、チケット自体、ご不要ですか?」
「不要です、不要です。」
「貴方様のチケットは人気がありますからね。オークションに出品されてみてはいかがでしょうか。昔から言いますでしょう?地獄の沙汰も金次第。地獄行き確定の方からの入札があると思われます。高値で売れますよ。」
「相手、地獄行きの方であれば、踏み倒されるのは嫌なので、もう少し、穏やかな方法はないですか?」
「じゃあ、リサイクルショップで換金されては如何でしょう。阿乃世法の認定資格のあるところであれば、可能です。」
「ところで、頂けるお金というのは?」
「現世の時間です。時が金也。ちょっと違いましたか。」
「現世の時間ですか。じゃ、やっぱり、オークションにします。」
儂は、昔おじゃんにしたPCで、昔使っていたが、フリマに押され、サービス終了したオークションサイトを開いて、BUSチケットを出品した。高額提示してきた一番高額の人は、連絡先の明示がなかったため、次点の人で確定をした。これで現世に戻れるのなら、安いものだ。
確定後、儂の体に現世の時間が入ってくるのが判った。命の、復活だ。
儂は、あの心筋梗塞の起きた日で、目が覚めた。死の少し前から目覚めるというのは、バッファや、のりしろみたいなものか。
「おお!」
思わず歓声を上げると、和代が訝しそうに隣の布団から顔だけ動かしてこちらを見た。
「天啓を得た。和代、介護保険、申請に行くぞ。」
「あらあら、そうなんですか。では、今日行きましょうかね。」
介護保険を利用する際、一番重要なのがケアマネの選定だ。雑誌にも、よく、通説として書いてあるが、大抵、その内容はあまり踏み込んでいない。
しかし、儂は解った。ケアマネとは、辞書、もしくは端末なのだ。介護サービスは地域のサービスである。そして、あまり電子化されていない。どんなデイサービスがあるとか、一般人がネットで検索したところで、大して情報が得られないのだ。
だから、担当になったケアマネの、人柄に、頭脳に、能力にかかる。ケアマネが、介護される人をどれだけ理解するか、何が必要か考えられるか、そして介護保険で可能なサービス(またはそれ以外のサービスも)を知っているか、そして提案できるかだ。これは、他業種の営業や、システムエンジニアに近いものを感じる。
物を購入するとき、いい営業がつくと、とても満足な商品が手に入る経験はないだろうか。逆に、ダメな人がまとわりついてくると、購入する気も起きなくなる経験はないだろうか。
ケアマネも同じだ。そして、これは制度的に、自分で希望をいうことができる。なので、友人の息子の満君に打診だ。
「もしもし、満君か、ケアマネの件なんだけど、君、まだ担当出来るかい?」
「ぎりぎり、一人なら可能かな。」
「じゃあ、和代を頼む。」
「わかった。」
ケアマネは担当人数を持ちすぎてもいけないらしい。が、受けてくれてよかった。
役場に介護保険を申請し、ケアマネを満君にして、訪問調査を待つ。和代は、元々整形外科にかかっている。主治医はその先生にして意見書を書いてもらうための診察を受ける。
介護保険は、やたら認知症を心配するため、「にわか認知症」専門家がはびこっている。しかし、認知症でなくても、介護が必要であれば申請すればいいのだ。むしろ、介護保険は徐々に具合が悪くなることが想定されているので、初期の要支援1は「介護予防」の世界なのだ。
申請して一か月ほどたち、訪問調査の結果、和代は、要支援1となった。
ここで何を使うかというと、デイサービスである。しかし、デイサービス矛彩ではない。あれはいつの時代の代物だ。典型的な昔の老人施設だ。
介護保険の制度は、出来て時間が経っているし、今どきの老人は多様だ。ここで、ケアマネに自分の嗜好を伝えて、適したサービスのあるデイサービスを探してもらうのだ。
もし、儂が使うとしたら、スポーツクラブ系か、カジノ風だな。傍目に全然老人の集まりに見えず、興味も同じような人々が集まるため、新たな交流も生まれそうだ。
「おばさんは、おしゃれな雰囲気好きだよね、この華手鞠というところ、食事にこだわっていて、庭園もあるデイサービスだからどう?場所柄、温泉もついていて、歩行浴とかもあるんだって。」
見学に行き、パンフレットをもらう。ほう、医療と介護の一体化を試み、地産地消の食を守る、か。ポリシーのあるところは良い。応援したい。
介護の問題は、世の中に流れている一般論もいくつかは正しいことは正しいのだろう。しかし、良い介護と悪い介護をすべて押しなべて論じるのは如何なものか。
資本主義の国なのだから、良い処を利用する。悪い処を利用しない。さらに言えば、良い処を応援し、悪い処を滅したい。個人的には、矛彩、滅したい。ただ、今の世の中は「滅する」方法が無いので…個人が評価を記載するシステムとか技術的にできても、批判されるのだろうし…とにかく利用しない、しかない。
介護に携わっている人が全員、いい人なんて、世の中の構成から言ってもあるわけがないだろう。自分の親族の思いを胸に介護に燃えて業界に入る人もいれば、介護しか選択肢がないとやる気なくやる人もいる。何度も言うが、矛彩。あれは他業種を締め出された中年男性が、管理職をやっていた。
本当はいい取り組みをやっている処なのに、がちがちの法令等で差別化に今一歩特色が出ず、消えてしまうようなところもあるかもしれない。もうすこし差別化を評価して、少し高くとってもいいようにすればいい。従業員の給料だって差をつければいいではないか。と思うのだが、国全体まで思いをはせるほど、儂の人生は長くない。儂としては、和代が最期の時まで、微笑んでいてくれれば満足だ。
和代は、デイサービス華手鞠に週一回行くことにした。迎えにくるドライバーとも軽妙な会話をし、結構楽しそうである。
介護保険を、人が重症になってから申請し利用する、もしくは、人を見当違いな介護で膨らますから国の費用が膨らむのであって、重症にならないうちに、皆が薄く使えばよいと儂は思う。間違った方向の介護は儂は絶対反対だ。
儂の得た現世の時間、そろそろ尽きる。昇天するBUSチケットを売った代償は地獄決定だ。人を呪わば穴二つ。正確には、今、儂の置かれている意味とは違うが、これ以上ひどくなることはない。あいつを連れて儂は去る。
儂は、息子の嫁、洋子の魂の胆をしっかりと握り、今度は地獄の底へ落ちていった。
老人ですが、死ぬのやめます。 若阿夢 @nyaam
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