三日国王〜『奇跡の人間』と呼ばれた青年は……

円野 燈

第一話



 これは、私が旅立つまでの記録だ。




 私は、世界の片隅にひっそりと存在する小国に生まれた。

 周囲を深い森に囲まれ、隣国とは何里と離れ、陸の孤島などと揶揄やゆされている。国の特徴と言えば、建物はレンガ造り、主な産業は農作物で、輸出入はほぼなく、国内で消費されている。

 陸の孤島という名の通り、他国との交流は頻繁ではない。あまり存在感のない国だ。


 ただし一つだけ、この国の民には、他国とは違う特徴があった。

 それは、生まれつき片腕や片足がないのだ。我が国ではそれが普通の人間で、生涯その身体で生活をしなければならない。手足を付けるような医療はこの世界には存在しないから、仕方がない。


 しかし、そんな人間ばかりが生まれている訳ではなかった。

 まれに、両手両足がある状態で生まれてくると言われている。その希少な人間は、普通の人間の中から神に選ばれた存在だとされ、『奇跡の人間』と呼ばれていた。

 その者たちは特別に城で働くことが許され、私もその一人だった。普通の両親の間に私は生まれた。学業を修めるまでは普通の子供に混じって勉強し、卒業してから城へ上がった。


 丘の上にある城は城下町の建物とは別格で、白い丈夫な石造りだ。シャンデリアは輝き、床は日の光を反射して上品に艶めき、調度品は繊細な装飾が施され、清潔感が溢れる城内は別世界のようだった。

 最初は使用人として清掃や給仕などをしていたが、誠実な働きぶりが認められると、どんどん役職が上がっていき、ついには国王の側近となった。


 やがて、国王が退位することを表明した。

 しかし、彼の子供らも普通の子供。後継者がいなかった。すると国王は、側近である私を次期国王に選んだ。城で働いている者は全員、奇跡の人間なのだから、何十年と仕えている者が選ばれると思っていた。

 側近とは言え、まだ若輩者の自分でいいのかと聞くと、その若い手腕が必要だと言われ、王冠は私に譲られた。


 こうして私は、若干二十歳にして国王となった。

 王となった私は、諸国との積極的な外交を始め、経済発展の模索やインフラ整備など、国の為に毎日働いた。

 しかし、私にはある欠点があった。


「工芸品をもっと国外に売る? 何バカな話をしているんだ。普通の人間が作ったものに、まともな品物がある訳がないだろ。恥ずかしくて国外に出せるか!」

「しかし王。我が国の経済発展の為にも、隣国だけではなく、もっと交易を広げなければ……」

「なら、恥ずかしくないものを作らせろ! 子供の工作のようなものを出して笑われるのは、私なのだからな!」


 プライドが高く、傲慢で、自国の民である者たちを蔑んでいた。手足が足りないせいで、満足に仕事もできないと。

 自分を生んで育ててくれた両親のことさえもまともに見ておらず、城に上がってからは一方的な絶縁状態だった。自分が奇跡の人間だと言われて、周りから特別扱いされて、神になった気にでもなっていたのだろう。今となっては、こんな私がよく国王なんかに選ばれたと思う。それこそ奇跡だ。


 しかし、工芸品の質が悪いのは事実だった。正しく言えば、出来にばらつきがあった。ハンデごとで職種は分けていなかったから、民は好きな仕事を選び働いていた。だから質が悪いのは当然で、職務に関する法を定めていなかった甘さだった。

 それに気付いていれば制度も作ったが、民のことを考えることすら疎ましかったその時の私の頭には、欠片すらなかった。





 ある日のことだ。休暇を取った私は、数名の臣下と使用人を引き連れて、別荘がある森へ行った。趣味の釣りと絵を久し振りに満喫できることを、楽しみにしていた。


「釣りに行って来る」

「お供します」

「一人がいいんだ。ついて来るな」


 着いて早々、心配性の臣下たちを置いて近くの川へ行き、一人で釣りを始めた。

 川幅はそこそこ広い。この時期にうまい川魚を狙って、釣り糸を垂らして獲物がかかるのを待った。


 しかし、待てど暮らせど竿がぴくりともしない。こんな調子が悪いことはなかった。全く釣れないことに、私は次第に苛立ち始めた。


「なかなか釣れないな。魚はいるのか」


 魚影を探そうとして川に入って行った。国王がボウズなんて、臣下たちに心の中でバカにされてしまう。一匹くらい見つけてやると意地になって、流れに踏ん張りながら川の中ほどまで歩みを進めた。


 その時だった。何か黒くてでかいものが川の中から突然現れ、私に襲いかかって来た。


「うわあああっ!!」


 驚いて我が身を守ろうと、咄嗟とっさに両腕を顔の前に出した。

 その直後に衝撃的な痛みを感じ、ほぼ同時に記憶は途切れた。私は意識をなくしたのだった。





 目を覚ましたのは、城の自室のベッドの上だった。少し頭がぼうっとして、何故ベッドに横たわっているのだろう、休暇で別荘に行っていた筈なのにと疑問だった。

  周りには、ベッドを囲むように臣下たちや医者が立っていて、私は目で彼らを見回した。


「どうしたんだお前たち。そんな深刻そうな顔をして」


 そう言うと、私の補佐をしていたひげを蓄えた臣下が口を開いた。


「王。貴方に、言わなければならないことがあります」

「何だ」

「誠に残念ですが、貴方は城から出て行かなければならなくなりました」

「深刻な顔をして何を言うのかと思えば。下らない冗談はやめろ」

「冗談ではありません。貴方はもう、普通の人間なのです」

「は? 私が普通の人間? 何を言ってるんだ……」


 私は、バカげた発言を繰り返す臣下を問い質そうと、起き上がろうとした。

 ところが、。左腕が上手く使えなかった。それどころか、シーツを触っている筈の手の感覚がない。

 違和感を覚えた私は、掛け布団を取った。


「……え?」


 見ると、包帯が巻かれた私の左腕は、半分になっていた。


「左腕の肘から下は、なくなってしまったのです」


 私の左腕の半分は、川でワニに襲われた時に食われてしまったのだ。

 私は愕然として、突如突きつけられた現実を受け止めきれなかった。


「貴方は、奇跡の人間ではなくなりました。そうでない者は、ここにいる資格はありません」

「待て! これは事故だ!」

「これはしきたりです。例外はありません」

「私は奇跡の人間だ! 今さら腕が一本なくなろうが、選ばれて生まれた事実は変わらない!」


 生まれた時はあったんだからと、私は訴えた。しかし。


「ここにいて頂くことはできません。出て行ってもらいます」


 昨日まで私に仕えていた臣下は、情に訴えても冷たく言い放った。奇跡の人間でなくなった私を、哀れだと言う目で。他の者たちも同じ目をしていた。


 しきたりはしきたり。使用人だろうが国王だろうが、それは関係ない。身体の一部を失った者は、城にいる資格も失うのだ。


 私は神に選ばれた筈だった。それなのに、この突然の仕打ちは酷過ぎると叫びたかった。

 しかし、ここにいる者たちには何の罪もなく、拳を握っても振るうことすらできない。私は、ただ愕然とした。


 そうして神に見放された私は、城を出て行った。



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