うまかっちゃんと煙草とカロリーメイト

澄田ゆきこ

本編

 大学生の頃の友人と会う夢を見た。

 同じ学部で同じ学年。年上だった気もするし、彼の大人びた雰囲気のせいでそう思っているだけな気もする。連絡先は、LINEの中に残っているだろうか。それがわからない程度には、たぶん、特別親しいというわけではなかった。誰かと一緒にしか会ったことがない。本名すら朧げにしか覚えていない。覚えているのは、Twitterのアカウント名だったその人の愛称だけ。

 確か、必修の国語で同じクラスだった。先生に指名されて音読をする彼の声が、低くて落ち着きがあって心地よくて、強く印象に残っている。「稜線」という言葉をあっさり読んだのがすごくかっこよかったことも。

 彼はたぶん、ある種のカリスマだった。独特の世界観を持っていて、その裏には好きなものへの熱と、圧倒的な知識量があった。人生経験も豊富だったと記憶している。物事を深く深く考えすぎる性質があり、そのせいでいくらか病んでいたのも見たことがあった気がする。

 決して明るいタイプではなかったが、彼の周りには常に人が集まっていた。私はたぶん「その他大勢」の中にいたけれど、所属しているコミュニティの近さもあり、時々、短い会話をした。

 確か、私が身一つで家出をしたばかりの頃。私を慰労するためという口実だったか(それは私が都合よく記憶しているだけかもしれないが)、別の友人が宅飲みを開いてくれた。そこに、彼がいた。彼が「うまかっちゃん」というインスタントラーメンを作ってくれたのを覚えている。彼の実家の九州から送られてきたものらしかった。噂には聞いていたが初めて食べる「うまかっちゃん」を、私は数本ずつ箸で掬い、ゆっくりと食べた。寒い季節だったし、心細い時期だったから、そのあたたかさはことさら胸に沁みた。

 一年生の頃は、「友人の友人」くらいの距離感に彼がいた。二年生の頃は、新歓委員の関係で、少し話しただろうか。三年生にもなると、専攻がはっきり分かれたことと、コロナ禍でオンライン授業になったことで、彼との関わりはなくなった。一年生の頃集まっていた面々にも次第に別のコミュニティができていた。私も例外ではなかった。唯一の接点だったTwitterのリア垢にもあまりログインしなくなり、そうこうしているうちに気づくと彼のアカウントはなくなっていた。

 数度、ネットの海で彼らしき人を見たことはある。向こうはこちらに気づいていなかっただろうから、たぶん一方的な邂逅だ。

 アカウント名はついていなかった。けれど、アイコンが私の知っている彼と同じで、呟きもどことなく雰囲気が似ている気がした。これが全くの別人で、全て私の思い込みであり勘違いであるという線は、決して否定はできない。バズったか何かで一瞬だけタイムラインに出てきただけだったので、そのアカウントもすぐネットの海の中にのまれて消えていった。

 そのアカウントが言及していたのが、千草創一さんの書いた短歌だった。この時私は、「煙草いりますか、先輩、まだカロリーメイト食って生きてるんすか」という歌に出会った。この歌がすごく好きなのは、その情景に心惹かれると同時に、そこに彼の存在を見出しているからなのかもしれなかった。彼はまさしく煙草を吸ってカロリーメイトで生きてそうな人間だった。

 それからさらに数年が経ち、私はこの短歌を再びネットで見かけた。やっぱりこの歌好きだなあと思った。それで、好きなフレーズやセンテンスを集めた「言葉のスクラップブック」を作ろうとなった時、最初に書こうと思いついた。

 そんなことを思いながら、Amazonでノートを注文して寝たからだろうか。

 今日、夢の中に彼が出てきた。

 細かい状況は覚えていない。ただ私は、久しぶりに会った彼に、一言、「千種創一さんていいね!」と力強く告げた。彼は頷いた。会話とも呼べないような、たったそれだけのやりとりだった。

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うまかっちゃんと煙草とカロリーメイト 澄田ゆきこ @lakesnow

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