秘密の小部屋

佐和夕

第1話

星が瞬く夜。

無駄に広い子ども部屋で、ペショペショと泣いている幼児を前に、ベンは内心で頭を抱えていた。


「ううぅ〜、ひっく、ふぇぇぇ」

「……泣くな」


ベンは魔法は得意だが、誰かを慰めるのは下手だった。口からは、ぶっきらぼうな言葉しか出てこない。いつまでもメソメソするなと言いたいところだが、ベンは我慢して言葉を飲み込んだ。

相手は五歳児で、護衛対象者。

しかも、公爵家で雇用主でもあるクラオスが溺愛する末弟だ。慎重に扱わなければならなかった。

ベンはクラオスに個人的に雇われている。

公爵家の護衛とは別で、弟であるフローリアンを密かに守ってほしいと依頼されていた。


『時々でいいからフローリアンの遊び相手になってやってほしい。君、確か変身魔法も得意だったよね? フローリアンの前では子どもの姿でよろしく』


その分は追加料金になると言ったら、フローリアンに気に入られたら上乗せしてもいいと言われた。

その為、たまにフローリアンの前に出る時は十歳くらいの姿をとっている。

守りが厳重な公爵家の庭に人が突然現れるのも変なので、妖精の見習いだということにした。不法侵入者で捕まるのは勘弁したい。

妖精の『見習い』にしたのは、フローリアンが本物の妖精に出会った時、無条件で妖精は安全だと認識してしまうことを懸念したからだ。

妖精は小さくて綺麗だから騙されやすいが、人を惑わし妖精界に連れて行ってしまう恐ろしい存在だった。連れて行かれてしまえば、戻って来れる確率は限りなく低い。

ベンは見習いの落ちこぼれだから危険な存在じゃないけど、本物は怖い存在だとフローリアンには口を酸っぱくして言っておいた。

ちなみに、突然現れたり魔法を自在に扱う姿を見せたら、フローリアンはベンのことを妖精の見習いだとすぐに信じた。

純粋過ぎて、クラオスが過保護になる気持ちが少しだけ分かったベンである。


「ベンンン〜」

「何だよ」


名前を呼ばれたから返事をしたのに、不満そうな視線を向けられた。フローリアンの腕に力が入ったのか、片腕に抱きしめているウサギのぬいぐるみの頭が下に垂れ、もう片腕の中にいるベンの使い魔の黒ウサギが『ぐぇ』と呻き声を上げた。


「ぐすんっ。ベン、なぐさめるの、ヘタ」


やかましいわ。


「ボクが泣いてたら、ギュッてして、あたまヨシヨシってしなきゃダメでしょ」


ダメ出しされた上に、慰め方まで指南された。

簡単に言ってくれるが、家族や専属のメイド以外、気安くフローリアンの体に触れることなどできない。

自分が上級貴族の令息だという自覚がフローリアンには足りていないとベンは思った。

言いたいことは色々あるが、今は二人きり。他人に見られないからいいかと、ベンはフローリアンの要望に応えることにする。

ベッドの上に座っているフローリアンに近づくと、抱き締めて頭を撫でてやった。


「これでいいか?」

「……まだダメ。もっとナデナデして。あと、どうしたのって聞いて」

「どうして泣いてたんだ?」


言われた通り聞くと、フローリアンはベンの胸にペタリと頬を引っ付けて、悲しそうに目を伏せた。


「おたんじょうびのパーティー、だれも帰ってこなかったの……」


ベンは使い魔を通して見ていたので本当は知っていたが、フローリアンがポツポツと話す言葉に相槌を打った。

今日はフローリアンの五歳の誕生日だった。

本当は家族で誕生日パーティーをするはずだったが、近くの土地でスタンピードが起こってしまい、その対処をする為に父親とクラオスが帰宅できなくなった。遠方に出かけていた母親もその影響で遠回りして帰らなければならず、今日は帰ってこれない。クラオスの他にフローリアンには兄と姉が一人ずついるのだが、その二人は学園に通い寮生活をしているので、今回のパーティーにはもともと不参加だった。

結果的に、フローリアンは一人寂しく夕食を食べることになってしまったのだ。

もちろん周りには使用人が沢山いたし、誕生日のプレゼントも山のように届いたが、大好きな両親や兄と過ごせると思っていただけに、ショックが大きかったようだ。

フローリアンは、好きなメニューばかりだった夕食を半分以上残し、ケーキは一口しか食べなかった。

心配する執事やメイドには『父さまも兄さまもお仕事だから仕方ないよ。母さまも安全大事。ボクは、だいじょぶ』とフローリアンは答えていた。

今日は早めに寝ると言って寝室に入ったフローリアンだったが、横になっても眠れず、寂しさが最高潮に達したのか布団の中で泣き出してしまった。

そして、すすり泣きながらフローリアンはベンの名前を呼んだ。ずっと見守っていたベンは、名前を呼ばれたことを意外に思いながらも、フローリアンの寝室へこっそりやってきたのだ。


「し、仕方ない、の。でも、ひっく。かな、かなし、かったの」

「そうか。悲しかったんだな」


ベンはフローリアンの言葉を繰り返しながら、背中をさすってやる。この小さな体の中は、今は悲しみでいっぱいのようだった。


「そ、それに」

「それに?」


まだ何かあるようだ。

ベンが問いかけると、フローリアンはチラリとベンを見上げ、少し躊躇した後に小さな声で呟いた。


「ベンにも、おたんじょうび、おいわいしてほしかったの……」

「俺?」


そういえば、フローリアンに祝いの言葉をまだ言ってなかったことに気づく。誕生日なのは知っていたが、この屋敷にベンはいない存在だし、誰もいない時にしかフローリアンに近づけないので、言うタイミングもなかった。さらに、貧乏なベンが貴族で金持ちの家の子であるフローリアンを満足させられるようなプレゼントを用意できるわけもなく。

知らなかったということで、やり過ごそうとしていた。

ベンは少し罰が悪くなった。

どうしようかと悩んだ末、ベンはあることを思いついた。買えるプレゼントはないが、自分は魔法が得意だ。幸い、フローリアンは魔法が大好きだった。

だから、魔法を使ってフローリアンを祝ってあげよう。


「フローリアン。遅くなったけど、俺から誕生日プレゼントがあるんだ。受け取ってくれるか?」

「ほんとう⁉︎」


フローリアンの言葉にベンは頷くと、『秘密の小部屋に招待してやる』と言った。


公爵邸の庭は広く、その中にある一つの木の下までフローリアンとベンはやってきた。

その木には入り口の扉があり、そこから中に入ると、外観よりも広い空間がある。

木の中に部屋があったことに、フローリアンは早くも目を輝かせた。

クラオスから部屋を与えられなかったベンが腹いせに作った住処だ。魔法を駆使して快適な空間にしてある。そこをもう少し広く高く拡大し、ベンは急いで魔法を使いまくりプレゼントの準備を始めた。まずは、チビゴーレムを作り出す。それからフローリアンを祝うために、部屋にある無機物たちや人形、フローリアンが持っていたウサギのぬいぐるみにも息を吹き込んでいった。


『わぁーい!』

『うごけるー!』

『あっ、ベンだー!』

「ふわぁぁぁ!」


突然いろいろな物たちが動き出し、フローリアンはベンの体にしがみつつも、それを目で追った。

動き出した食器や家具たちにベンはフローリアンを紹介して、今日が誕生日だと教える。

すると、みんながわらわらとフローリアンに集まってきた。

何さーい? とお皿が問いかけてきた。

何さーい? とカップも問いかけてくる。

何さーい? とティーポットまで問いかけてきた。

ベンは、オロオロするフローリアンの肩を叩くと『何歳になったんだ?』と聞いた。


「ご、ごさい!」


フローリアンが大きな声で答えると、わっとみんなが歓声をあげた。

ごさーい! と本が羽ばたく。

ごさーい! とペンがクルクル回る。

ごさーい! と椅子がスキップをした。

その時、ポッポーと音がして、小さな汽車が天井からやってきた。

もちろん、ベンが魔法で出してから動かしている。


「きしゃだ!」


フローリアンが驚いたような声を上げた。

汽車の先頭車両の頭には旗が立っており『フローリアン、お誕生日おめでとう!』と書いてある。汽車はゆっくりとフローリアンの横に止まった。


『さぁ、フローリアン乗ろう!』

「えっ? えっ?」


フローリアンは、ウサギのぬいぐるみから汽車に乗るよう促される。それを横目に、ベンは急いで小さな浮いた島を作った。

鳥がいる島に、人魚の島。お猿の島に、ドラゴンの島などなど。

島も住人たちも小さく、全てベンの魔法で作った簡易なものだ。それを床から天井までの間に、間隔をあけて配置していく。

汽車の二両目は椅子の仕様になっており、フローリアンが座ると、汽車はポッポーっと再び音を鳴らして発車した。


『フローリアン、行ってらっしゃーい』


汽車はゆっくりと床から浮き、ガタンゴトンと音を鳴らして天井に向かって旋回しながら上っていった。途中にある小さな島の住人たちから、『フローリアンお誕生日おめでとう!』と口々に言われ、みんなから手を振られて、フローリアンは嬉しそうに手を振り返していた。

一周して戻ってきた汽車からフローリアンが降りると、今度はお出迎えしたぬいぐるみやチビゴーレムたちに囲まれた。食器や椅子や本たちも集まってくる。


『おめでとおー』

『おめでとおー』

『おめでとおー』


みんなの合唱が始まり、フローリアンの周りで踊り出した。

フローリアンも一緒に輪になって踊り出す。

そして、合唱と共に流していた音楽が終わると、ベンはフローリアンの前に立って言った。


「フローリアン、お誕生日おめでとう。これが俺からのプレゼントだ。楽しんでくれたかな?」

「ベン!」


ベンに抱きついてきたフローリアンは、寝室で泣いていたのが嘘のように笑っていた。

即興で作ったプレゼントだったが、喜んでもらえたようで、ベンは胸を撫で下ろした。


おめでとう合唱が終わると、フローリアンの腹が盛大に鳴った。夕食をあまり取らなかったのと、泣いたり踊ったり笑ったりと大忙しだったのでお腹が空いたようだ。

ベンは自分用に厨房から盗んできていた今日の夕食の残りとケーキを出して半分に分けた。

夜中に甘いものを食べてはいけないと教わっているフローリアンは、葛藤しつつも『いけないお味』と言いながら、ベンと一緒にケーキまで全部食べていた。

満腹になると眠気がやってきたようで、フローリアンは椅子の上で大きなあくびをした。

眠ってしまう前にと、ベンはフローリアンに一つお願いをする。


「フローリアン。ここに部屋があることは内緒だからな」

「んう? ないしょなの?」

「秘密の小部屋って言っただろ? 俺がここの庭に勝手に住んでるって屋敷の人に知られたら、追い出されちまう」


追い出されると言ったら、フローリアンは『それはたいへん!』と言って了承してくれた。


「わかった。だれにも言わない」

「今夜のこともフローリアンと俺だけの秘密な。男と男の約束だ」

「うん! やくそく」


それから五分もしないうちに、フローリアンは眠ってしまった。

食事をさせてしまったので、ベンは歯磨き代わりにフローリアンの口に洗浄魔法をかけてから部屋へ送り届けた。

ベッドに寝かせ、きっちり布団を被せてから自分の部屋に帰る。

盛大に魔力を使い果たしたベンもそのままストンっとすぐに寝てしまった。


翌日。残しておいたフローリアンの誕生日ケーキが不自然に一人分欠けていたことが発覚し、屋敷でちょっとした騒ぎになった。

帰宅したクラオスが犯人探しをしようとしたら、そのケーキの行方を知っていたフローリアンが慌てて『ぼくが妖精の見習いさんにあげたの!』と咄嗟に嘘をついた。

妖精の見習いがベンだということを知っているクラオスは、昨夜何があったのかとフローリアンから聞き出そうとしたが『ヒミツなの!』と言って教えてもらえなかった。

そのことにクラオスはショックを受け、八つ当たり気味にベンの給料を三ヶ月分カットした。

それを知ったベンは、自業自得とはいえ『酷過ぎる!』と憤ることになる。

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秘密の小部屋 佐和夕 @sawa_yuu

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