09 係員の憂鬱
勇者資料館は封印石が崩れたことで臨時休業だ。
としても、何かあったら問題であるということで、古参の係員を一人だけ館内に常駐させていた。
入口は一つ。その横に係員室がある。
だから、中に入る人がいれば必ずここを通ることになってる。
表には臨時休業の看板を設置しているから、誰もこないだろうけど。
──コンコンッ。
「すみませーん。中の見学良いですか?」
「いま、休業中ですので、見学はできないんです」
「王国の者なんですけど、少しだけでもいいので」
金色の髪の少女が係員に王国の国花が刻まれた飾りを見せた。
ふむ、偽物ではない。問題ないだろう。
あの件以降、王国の人間が調査と言って出入りしている。この子もソレ関係か。
「そうでしたか、すみません。お入りください」
「ありがとうございます! 勇者様、入れますって」
ピクと女性の耳が動く。
勇者様だと? ガバッと受付から身体を乗り出すと、ビックリした様子の少年が頭を下げていた。
黒髪で黄金の瞳。貴族のような服を着ていて、全体的に小さい。
どう見ても勇者じゃない。どの角度から見ても、逆立ちしても違う。
思わず出てしまいそうな落胆のため息を堪える。勇者ごっこにしてもタイミングを考えてほしいものだ。
「どうされました?」
「いえ、なんでも。どーぞ、お入りください」
「ありがとうございます」
入っていく少年少女の姿を見送り、椅子に背にもたれた。
「……貴族がお忍びでやってきたって感じ?」
貴族の関係性なんて分かるわけも無い。
でも、調査とかそういうのじゃないことは分かった。
彼らも気になっているのだろう。かくいう、この女性係員も気になっているのだ。
──本当に勇者が目覚めたのかどうか。
あの封印石が崩れた。つまり、中にいたナニカが出てきた可能性がある。
「気にな”る”う”……勇者様が復活して、なんか、いいこと、あったりとかさぁ……」
そんなことを思っていたんですぅ、と女性係員は頬杖をついてムスッとした。
今朝、彼女が少年少女の引率をしていた時に突然シャッターが閉じた。
何事かと思ったが、何かあれば緊急事態のマニュアルに従う必要がある。
子どもたちを施設外に連れ出して待機をしていると武装をした王国騎士達が到着。
『勇者の封印石が崩れたってマジなのか』
『施設からの話によれば本当らしい! 勇者が目覚めたのかも……!』
強面の大人たちが少年のように目を輝かせている姿を見て女性は嫉妬した。
(こどもの引率なんてしてなかったら……立ち会えたかもしれないのにッ!)
先ほど、悪い感情を出さず、良い子であるように! なんて言ったばかり。
だが、知ったこっちゃない。勇者が目覚めたんだぞ。人類の希望が、英雄が!
大人だろうが老人だろうがそりゃあ少年少女に戻るよ!
「……はあ……」
一目で良いから見てみたかったぁ……。重々しいため息を吐き出す。
女性係員は若い時に勇者に恋をした。そしてそのまま年齢を重ねた。
いつか、白馬にのった勇者様が来て、お嫁さんにしてくれるのだろうと。
まぁ、そんなことは起こることはないだろうが、0%ではないのだ。
「────会いたいなぁ」
向こうから少年の声が聞こえてきた。
「キミも勇者に会いたいのかい~?」
なんて聞こえない程度の声量で答える。
封印石が崩れたって話を聞いてやってきたんだろう。
あの子くらいの年代の子であれば勇者に憧れる年頃だものね。分かる分かるよ。
「わたしも会いたいよぉ~なんてね。フフ」
女性係員はそう言い、コーヒーを飲んだ。
「さぁて」
プライベートの話を盗み聞きする趣味はない。大人しく片付けでもしておこう。
そうしていると再び、窓がノックされた。
「入れてくれてありがとうございました! お金なんですけど」
お、もう終わったのかな? もっと時間がかかるかと思ってたけど。
封印石だけを見に来てたって感じかな?
「お金は要らないよ~。調査をしにきたんでしょ? ダイジョーブ」
ウィンクをしてみせた。大人の女性の余裕という奴だ。
「ありがとうございます」と黒髪の少年も頭を下げてきた。
「気にしなくていいよ。それで、どうだった?」
「凄かったです。あの勇者像とか、あの人が魔王を倒したんですもんね」
「そうだよ~。多くの少女の初恋を奪うイケメンだよ。王女と婚約関係にあったとかなんとかって話だけどね~。でも、300年も経ってるんだ。そんなの関係ないよねぇ?」
「そうですね、そうだと思います」
少年に気を遣われたような気がして目を横に流す。気まずかったのだ。
「ありがとうございました」
少年少女が帰っていったのを確認して、新聞を広げた。
面白くない情報ばかり溢れているから目が滑る。はやく、勇者様だったのかどうかだけ教えてほしいんだが。
◇◇◇
「お疲れ様です~! 先輩、臨時休業してるみたいですけど、何かあったんです?」
係員用の出入り口が開くと帽子を目深に被っている後輩が入ってきた。
「あんた今日午前までだったろう? 私が案内中に帰ったじゃないか」
「たまたま前を通りかかったんで! このなっがいパン要ります?」
角底袋を抱えた後輩がうりうりとパンを出してきたので、先端を千切った。
「ココのパン好きなんですよね~。硬い。武器にもなりそう」
「確かに硬い……よくガジガジ食べれるね」
「しっかりとした歯をお持ちなので、ヘヘヘ」
後輩係員は蜜柑色の頭髪を肩よりも短い長さに揃え、全体に丸みを帯びた髪をしている。オシャレには気を遣っているというのに、あまり顔を外に出そうとしない。
何度か顔を見たことがあるんだが、目の中に星が瞬いていた。比喩じゃない。何かの遺伝なのだと本人は言っていたが、魔法系で有名な家系の出なのではないかと勝手に先輩係員は思っている。
(まぁ、どうせ、勇者様に惚れて、お忍びで働いてるって感じだろう)
「で、なんで閉めてるんです?」
「勇者の封印石が崩れてね」クイと首で館内を示す。「しばらくはお休みかな」
「え」
驚いて身体が跳ねていた。チラと見えた目に星が瞬いていた。
後輩係員は走って封印石の方を走っていき、封印石の方をみて固まっていた。
崩れた破片、普通の人は気づかないであろう魔力の残滓、そして、懐かしい香り。
「────せんせい、やっと、おきたんだ」
先程までここにいたというのも分かった。
帽子を目深に被っていた彼女は走って戻ってきて、
「お疲れ様です! 今までお世話になりました!」
女性係員にそう言った。
「え?」
「ここの職場辞めます! 楽しかったです!」
突然の退職宣言に面を食らってしまい、謎のハイタッチも受け付けてしまい、ダダダと勢いそのままに施設を後にした元後輩の背中を見つめて。
「え……っ?」
分からないまま先輩係員は取り残されてしまったようだ。
◇◇◇
「うん! うん! せんせい起きたって!」
人の目を気にしながら元後輩係員は路地裏に歩いていき、耳元に手を当てながら会話をする。会話向こうの相手は慌ててる様子だ。
「ビックリした~。だって、アラムさんの話だとあと二年はかかるって言ってたんだし。でも、ラッキーだったぁ。あの資料館で働き出して1ヶ月もかかってない……かな? へへへ、やった」
目深に被っていた帽子を取りながら、路地に挟まれて息苦しそうな空を見上げる。
会話向こうの相手の言葉に、うん、うん、と相槌を入れながら。
「せんせーの場所? 分かんないよ~、そんなの」
ヘヘヘと笑いながら再び帽子を目深に被りながら、姿を大きく変化させた。
着ている服も変え、街の中に溶け込めるような男性の姿に。
「これから探すよ。すぐ見つかるって、だって、せんせーの助手だもん」
口端についていたパン粉を舐め取り、青年になった元後輩係員──いや、
「あー、298年ぶりのせんせー。はやく会いたいなぁ。魔王城で一緒に住むって約束したもんね、せんせー」
かつて魔王を倒すために協力をした魔人の一人は人混みの中に消えていった。
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