魔王の魂を宿した勇者、仲間と酒を飲むために世界転覆を企てる。

久遠ノト

第1部 勇者の目覚め

エピローグ 魔王討伐の決起集会



「とうとうじゃのお」

 

 パチ、パチ、と。焚き木の弾ける音が暗がりの中に小さく響く。


「ああ、ここまで長かった」


「なんじゃあ? 緊張しちょるんか? ゴツい耳が垂れ下がっとるぞ」


「そちらは先程から酒が進んでないようですが」


「ハッハッハ! よぉーみとる! お互い様じゃのぉ!」


 稲穂色の髭を揺らして豪快に笑うのは鉱人ドワーフのノアラシ。

 それに釣られ、紅巾を首に巻いている獣人アンスロのナモーの口角がギュルと上がった。


「個人的には短かったけどねぇ……あと十年はかかるかと思ってたかも」


森人エルフ感覚で年の長さを測られたら敵わんわい」


「まったくです」


 二人の言葉に小柄なエルフのアラムは「なんだよお」と口を尖らせながら、股の間に木製のジョッキを挟む。

 そんな彼女の横にいた俺は焚き火で焼いていた串を手に取り、持ち上げた。


「アッチも上手くやってると思うし、この調子ならすぐに済むさ」


 ハグッと焼いていた串肉を齧る。


「だと良いですがね」とナモーに言われて。


「信用するしかないさ」と串をプラプラと遊ばせた。

 

 ぼさぼさな黒髪は手入れができずに目の上まで伸びているが、髭は剃って人前に出れるような見た目には拵えている。

 これでも20代。いくらかは見た目にも気を使わねば示しがつかない。


「俺らは、やれることは全部やった」


 だろ? と言うと、そうですな、と返ってきた。

 言う通り、やれることは全部やった。

 だからこそ、魔王領このようなばしょで焚き火をしても問題ないのだ。


「この阿呆共はこんな所で談笑して、死ぬつもりかな?」


「お、混ざりに来たか?」


「なにしぃ、そんなわけなかろが」


 戦斧を担いでやってきたのは、腹部から脇腹にかけて模様が刻まれている少女。

 彼女のワインレッドの髪が怪しく揺らめき、金色の瞳が薄っすらと細められた。


「座りたいんじゃろ、ほれ」


 それを見たノアラシが座れるようにスペースを空ける。

 少女は「座らん」と手を横に振ったが、座れという合図ジェスチャーを繰り返した。


「……」


 しぶしぶ、その少女はノアラシとナモーの間にちょこんと座った。


「で、集まっとる理由は」


「そら、決起集会みたいなもんよ」 


 口をあんぐりあけ、焚き火の方に向きながら「意味分からん」とごちる。

 

「本格的に魔王との戦いが始まるから、その前に落ち着きたかったんだ」


彼方の民ヒトはよー分からんな。ビビっとる訳じゃなかろうな」


「そんな訳」


 と四人で一斉に言い返した。少女は一瞬だけ眉を潜め、くつくつと笑った。

 俺らが魔王領でゆっくり出来ている理由は、準備を周到に行っただけじゃない。魔王とは別の派閥の魔将を仲間に引き入れたからだ。

 そう、この少女が魔将。ここは広義的には魔王軍の領地ではあるが、彼女の領地でもある。

 汎人類は魔族は全員敵だと認識しているが、彼らも一枚岩じゃない。横暴な君主である魔王に辟易している魔族も大勢いるのだ。


「魔王城組の話によると準備は整ってるらしい。だけど、まだかかるって」


「じゃあ、もうちょっと野宿だな。そっちの準備は?」


「いつでも攻め入る用意はしとる。むしろ落ち着かせるのが大変なくらいだ」


「それはそれは。魔族の皆様は血気盛んでよろしい」


 俺達は魔王を倒すために何だってやるつもりだった。

 汎人類の繁栄? どうでもいい。

 国民たちの命? どうでもいい。

 そんな気持ちで魔王を倒せなかったから、こんなクソみたいな時代が続いているのだろう。


「じゃあ、魔王を倒して、みんなを救おう」


 ここまで来た目的を確認するように呟くと皆の目の色が変わった。

 俺達が魔王を倒しに来た理由は──同胞を人質に取られてるからだ。

 鉱人ドワーフ族。獣人アンスロ族。森人エルフ族。

 この三種族を解放を条件に、俺達は魔王を倒す。

 同胞を守るためなら、俺達は命を賭して戦う。

 それが、たとえ、数々の英雄を葬ってきた魔王が相手だとしても。

 

「私ら魔族の解放と繁栄を」と魔将がジョッキを掲げた。


「獣人に教育と自由を!」とナモーも吠えながら掲げて。


「鉱人には美味い酒と金槌を」とノアラシは口髭を揺らして。


「森人には誇りと、えと、娯楽を」とアラムは両手でジョッキを掲げる。


「仲間に幸運と明日の空を」と俺は笑いながら片手でジョッキを掲げ、


「「クソ魔王をぶっ倒して、美味い飯を食うぞ!」」と皆で乾杯をした。

 

 ノアラシが「美味い酒もな!」と言い、魔将と俺が「分かる」と言って。

 ナモーが「打ち上げは盛大に執り行いましょう」と言い。

 アラムが「みんな飲み食い好きだねぇ」と酒を呷りながら言った。

 この日は皆と夜まで飲み明かし、数日後に魔王を倒すべく出立した。

 だが、この時の俺達はまだ知らなかったのだ。


 ──俺が魔王に298年もの間、封印されることを。


 ──封印の理由が異人種の裏切りが原因とされ、仲間に懸賞金がかけられることを。


 ──そして、封印から目覚めた俺が『国潰し』と数多の国から恐れられることを。


 これは魔王を倒した俺達えいゆうが、汎人類の栄光を終わらせる物語だ。

 

 

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