秘密の繋がり

むらた(獅堂平)

秘密の繋がり

 他人の秘密を知りたいなら、まずは自分の秘密を話すべきだと思う。私の苦手なタイプは、自分のことを棚に上げて他人のことばかりを聞きたがる人間だ。

 職場の同僚の野々宮遥香ののみやはるかは、まさにそういう女だ。

「ねえ。なんで教えてくれないの? 私のこと、嫌いなの?」

 彼女は平然とそう言う。自分の事は語らないのに、他人の内情を知りたがる。

「谷津さんにも聞かれたくないことあるよね」

 同僚の倉本利宗くらもととしむねが助け船を出してくれた。谷津とは私のことだ。

「ええ、まあ」

 私は弁当箱にある卵焼きをとった。現在はランチタイムで楽しい食事をしたいのに、こんな時まで野々宮と不毛な会話をしたくない。

 不運なことに、私は野々宮と席が隣り合っている。デスクワークなので、平日の日中はずっと隣に不快な存在がいる。

 野々宮は執拗に恋人がいるかどうかを知りたがる。家庭環境などを知りたがる。私は親しくない人間――特に社内の人間――と避けたい話題だ。

「倉本くんって、谷津さんのことを庇うけど、好きなの?」

 野々宮は好き嫌いでしか判断できない思考回路なのだろうか。そういう問題ではない、という思いが倉本の表情に見てとれた。

「はは」

 否定しても肯定しても気まずくなると考えたのか、彼は苦笑すると去っていった。

 私は立ち上がり、

「さて、コンビニ行ってこようかな」

 と退散を表明した。

「何買うの?」

 野々宮が聞いた。本当に他人のことばかり気にする女だ。

「ちょっとね」

 私は言葉を濁して、会社を出た。


 私には二歳年上の兄がいた。名前は新垣啓介あらがきけいすけといい、私は母親の旧姓の谷津を名乗っている。

 両親は離婚した。きっかけは、兄の死だ。

 大学生になった兄は漫画サークルに所属していた。そのサークルで色々と問題が発生し、兄は自殺した。

「お前があんな大学に行かせたせいだ」

 兄の死後、父親が母親をなじっていた。母親も負けじと言い返していた。


 コンビニでコーヒーを購入すると、私はイートインコーナーに移動した。

「隣、いいかな?」

 先に店内にいた倉本が着席していた。

「どうぞ」

「あの女、相変わらずだね」

 私の言葉に、倉本は顔を引き攣らせた。

 野々宮は、私の兄と同じサークルに所属していた。数少ない女性だったので、外見がほどよいのも相まって、男性陣から手厚くもてなされていた。

 兄が大学三年生の時に彼女は一年生で、彼女の入会からサークル内は崩れていった。いわゆるサークルクラッシャーと呼ばれる部類の人間だった。

「本当、腹ただしいよな」

 倉本は苦々しい顔で外を眺めた。


 倉本の姉は私の兄と同い年で、大学も同じだった。二人は付き合って一年目のカップルだったが、野々宮の策略によって引き裂かれた。

 野々宮はサークル内の男たちに色目を使い、

「Aくんに口説かれた」

 といった内容をBくんに話し、競争心を煽っていた。

 私の兄のようになびかない相手には、

「新垣くんに暴言を吐かれた」

 などと取り巻きたちに吹聴し、サークルの人間関係を混乱させていた。

 サークルにいた他の女性をこころよく思っておらず、

「あの子から嫌がらせされている」

 といったデタラメを取り巻きたちに教え込み、自分以外の女性を排除した。

 同じ手法で兄の彼女も追い詰められ、

「漫画サークルにいる新垣くんとは付き合えない」

 別れ話になった。

 ほどなくして、兄は人間関係や失恋のショックから自殺した。

 野々宮は漫画サークルに飽きると、脱退し、別のサークルに所属した。そこには、倉本の姉がいた。すぐさま野々宮はサークル崩壊を達成し、倉本の姉は精神的に病み、自宅から一歩も外に出られない状態になった。


「同じ空間で空気を吸っているだけでも、反吐が出る」

 倉本は唇を噛みしめていた。

「うん。本当だよね」

 私は同意すると、

「今日、決行するけど、問題ない?」

 と倉本に尋ねた。

「ああ」

 彼は首肯した。

 今日は野々宮が残業する運びになっていたので、合わせて私と倉本も残業届を提出した。


 

 

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