第7話、行くべきなのは

「それでは、地下に入るのについてきてくださる方、どなたかいらっしゃいませんか?」

 そう呼びかけられて、五人ほどの研究者が手を挙げる。先ほどの屈強そうな研究者も手をあげている。

「当然私も行くべきなのですよね?」

 佐伯教授が声をかける。

「無論強制はできませんが、そうしていただけると非常に助かります。」

「いやいや、むしろ行くなと言われ続けて辟易していたところですから。そう言ってくださるととても嬉しいです。」

 教授は本当に嬉しくてしょうがないと言った様子だ。

「ではみなさん。特別な用意はこちらでしておきますが、通常の遺跡調査のための装備を用意してきていただけますか?安全自体は保証しますが、土砂が崩れて山になったりしていたら、そこを越えるのは皆さん方にやっていただかなくてはなりませんので。教授、準備時間はどのくらい必要ですか?」

「三十分あれば十分でしょう。常に支度をしておくようには言い聞かせておりますので。」

「では、三十分後に、必要な準備をして、この本部テントの前に集合してください。」

 先ほど手を挙げた研究員たちが、各々支度をしにテントへ戻って行った。佐伯教授も本部テントの奥へと入って行った。他の研究員たちは、そのまま椅子に座って休む者もいれば、再び作業を始める者もいた。


 手持ち無沙汰になった慧星は、手近な椅子に座って待っておくことにした。

 持ってきたお札の枚数を数えて、余剰な分を束ねて縛っていると、不意に後ろから声を掛けられた。

「綾川さん、少々お話させていただいてもよろしいでしょうか?」

 声が聞こえた方へ向くと、先ほど集合していた中には見えなかった、他の研究員よりやや年長であるといった風体の研究員が立っていた。手にはコーヒーらしき液体が入った簡易カップを持っている。

 慧星はにこやかにどうぞと応じると、その研究員は礼を言いつつ慧星の隣の椅子に腰を掛けた。


「初めまして。私はこの佐伯考古団で副代表をしております、教授の宇多うだと申します。よろしくお願いします。」

「おやそうでしたか。どうぞよろしくお願いします。」

「失礼ながら、ずっと自分のテントからお話を伺わせていただいておりました。昨晩研究が佳境に入っておりまして、少々夜更かしをしすぎたので、今朝も遅くまで休んでおりました。綾川さんがいらっしゃってからも、目は覚めておりましたが、どうも出て行くタイミングを逃してしまいまして。」

「道理で、先ほどまでお姿が見えなかったように記憶しておりましたので、どなたかすぐにわからず失礼をいたしました。」

「いえ、こちらこそです。」

 宇多教授はそう言って頭を下げると、今度はこのように問いかけてきた。


「綾川さんは、佐伯教授についてどのような印象をお持ちですか?」

「佐伯教授について……ですか?」

 唐突な質問に少々驚いた。宇多教授は言葉を続ける。

「佐伯教授は、おそらく既にご存知でしょうが……天性の不遇な運命の持ち主です。それもあって、実際に研究成果を出したことは実はあまりないんです。」

「そうなんですか!?」

 不運なのは散々聞いて知っていたが、だからと言って筆頭考古学者になれているのだから、成果は折り紙付きなものとばかり勝手に思っていた。

「そうなんです。今回の件然り、教授が遺跡に入れば崩落し、山中に入れば崩落し、挙句、大学に入っても崩落し。」

 三つ目の話は、昨日喫茶店にいた時にも聞いたが、流石に冗談かと思うレベルの話だった。しかしこうして他人の口から聞いたことで、いよいよ本当だったのだとわかり、正直全く嬉しくない。


「そんなに不遇で、研究成果もろくに出せていないのなら、どうやって佐伯教授は筆頭考古学者にまでなれたんです?なあなあやらコネやらでなれるものではないでしょう?」

 世界教団直属ということは、つまりはそういうことだ。実在する神に使える組織だ、裏金やら汚職などは何よりも嫌われている。

「それは、二十年ほど前、教授がまだ大学院生だった頃に発表したとある論文が理由なんです。」

「それは……どんな論文なんです?」

「その論文のタイトルは、『今後十年間の考古学界における新発見と、その際エビデンスとなるであろう資料に関する予測』という、いわば一種の予言書ですね。」

「予言書?」

 学者界隈では、歴史的資料としてはともかく、現代に発表されるものとしてはあまり耳慣れない単語だ。

「発表された当時は物珍しさで多少話題になりましたが、内容があまりに突拍子もなかったもので、ただの院生が言った空想だと、まともに取り合う学者は一人もいませんでした。」

「主にどう言った内容の論文だったんです?」

「題名の通り、今後発見されるであろう新事実の予測と、その証拠として扱われるであろう出土品などについての予測が、それぞれ組み合わさって書かれていました。代表的なところだと、神人戦争以前の後期世界における偶像崇拝に関して、一部の信仰対象が機械に置き換わっていたとする予測などです。」

「機械を信仰していたと。」

「はい。現代社会では考えられないことです。しかし当時の教授はそれを事細かに記載し、発掘されるであろう遺物とその場所についても、ある程度の精度で記載しました。」

「当然誰も信じなかった。しかし……ということですか。」

「ええ。その後わずか半年で、教授が予測した通りの位置から、教授の記述に限りなく近い最初の遺物が発見されました。その他の記載に関しても、そのほとんど全てが予測通りの位置で、論文発表から十年以内に発見されました。」

「とても戯言とは言っていられなくなった。」

「はい。教授はその間にも様々な予測を発表し、一種の妬みもあったでしょうが「安楽椅子学者」なんていう呼ばれ方をするまでになりました。尤も、教授本人は実地検証・発掘作業が大好きなので、少なからず不本意だっただろうとは思いますが。」

 確かに教授は、自ら遺跡に入れないことが残念で仕方がないと言った様子だった。本当に自ら発見をしたい学者なのだろう。


「それが今の教授の大元ですか。」

「はい。最初の論文発表から五年が経ち、既に予測の半分以上が的中していることが確実になった時、教授は世界教団のスカウトを受けました。当時教授は二十九歳。間違いなく天才であると言われるには十分な実績でした。」

「なるほど。」

 慧星はチラと腕時計を見る。まだ十五分ほどしか経っていない。まだ準備は終わらなさそうだ。


「しかし、予言というのは単に頭がいいからと言っても、そう簡単にできるものではありません。一体教授はどうやってそんな予測を立てていたのでしょう。」

「それは教授のみぞ知る……と言ったところですが、一つ確実なのは、教授が驚異的な不運の持ち主であるのが、あの予測に役立っていたということです。」

「おや、どうして?」

「圧倒的に不運な人間が、成功を得るにはどうすればいいと思いますか?」

「成功を得るには……」

 何をやっても運が悪いなら、成功するのは難しいだろう。世の中に絶対などということはそうあるものではないのだし……いや、

「100%、にすれば良いということですか。」

「そうです。教授は不運を「99%成功する場面で、残りの1%を引き当てること」と捉えています。であれば、その1%をなくして仕舞えば良い。理屈は実に簡単です。」

「しかし、いざそれを実現するには……」

「どれほどの努力と能力がいるのだか、私では予想すらできませんよ。」

 半ば呆れたような表情を浮かべる宇多教授。あるいは残りの半分は感嘆だろうか。

「教授は間違いなく天才ですよ。私も見ていて非常に刺激を受けます。」

「そうでしたか……」

 昨日の不運の話と合わせて聞いても、おそらく凄まじい努力の上に成り立っているのだろう。


 ここで宇多教授があらためて問いかける。

「ところで、今回の発掘調査について、教授は非常に強い執念を持っておいでです。いつもなら他考古団との協力も厭わない教授ですが、今回ばかりは単独での研究にこだわっておられます。それはなぜかご存知ですか?」

「ああ、そういえば……」

 確かに、他の研究者を入れたくないと言っていた。教授は考古団に箔が付くからと言っていたが、どうも教授の人柄を見る限り、そんな感じはしない。

「いったいなぜそこにこだわっておられるんです?」

「それは、先ほど言った、教授の最初の論文が関わっているんです。」

「それは、例の「予言書」の内容ですか?」

「はい。その論文に記載された研究のうち、ほとんど全てが既に発見されています。一部十年以内には発見されなかったものもありましたが、その後五年以内には発見されたんです。……たった一つを除いて。」

「たった一つ……それは?」


 宇多教授は一息置いて、こう言葉を続ける

「古代文明の動力源に関する研究成果です。」


 なるほど。

 慧星は思った。

 佐伯教授は、オレの考えていた以上に「分かっていた」のだと。

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