第5話、見るべきなのは

「よくおいでくださいました。」

「ご無理を言って申し訳ありません。」

 昨日の約束通り、慧星は遺跡の最寄り駅までやってきていた。

 ほぼ始発の早朝の列車に乗って約1時間。本来なら45分ほどで到着するところだが、朝も早いと流石に列車の本数が少ない。

「いえいえ。元はと言えば私の相談に乗ってくださっての話ですから、ありがたい限りでございますとも。ところで……」

 佐伯氏は視線を慧星の右手に向ける。

「その風呂敷包は一体なんですか?」

「これはお気になさらず。おそらく後ほどわかると思いますので。」

「左様ですか……?」


「ここから遺跡まではそう距離もありません。慧星さんさえよろしければ歩いて行きたいのですが、どうなさいますか?」

「いいですね。このところ店に籠ってましたし、たまには歩くとしましょうか。」

 二人は話しながら、小さな駅前の、早朝ゆえに人通りの少ない道を歩いて行った。

「しかし店長さんはアレですな、昨日は気にする余裕もありませんでしたが、なかなかその、独特なお姿をされておりますな」

「そうですね。一応髪も目も何もしてないんですけどね。生まれつきこういった姿なもので。」

「左様ですか。それは興味深いですな。できれば研究させていただきたいくらいだ」

 冗談っぽく笑いながら、佐伯氏はそう話す。

「研究?」

「私が調べる分野の中には民間伝承も多くあるのですが、そう言った文献の中でたまに出てくるんですよ。白い髪に白い肌を持つ修験者、だとか、白い髪を振り翳して村を襲う悪鬼と戦う旅人、とか。」

「なるほど。もしかしたらオレにもそう言ったルーツがあるのかもしれませんね。」

「そうかもしれませんね。」

 佐伯氏は一旦黙った後、再び慧星に尋ねる。

「それと、その首に巻いておられる黒い鎖のようなものは?」

「これですか?古い友人にもらったものです。」

「ご友人に」

「ええ。その友人とも音沙汰なくなってから久しいですが、今は一体どこで何をやっているのやら。」

「では思い出の品なのですか?」

「思い出……そうとも言えるかもしれませんね。あまりいいものではありませんが、重要な記憶ではありますから。」

「そうなんですか……」

 佐伯氏も少し深入りしすぎたと感じたのかもしれない。その後5分ほどは互いに無言で並んで歩いていた。


 しばらく経って、その沈黙を再び破ったのは佐伯氏だった。

「そろそろ見えてきました。」

「あれですか」

 そこには、周辺を青色の規制線で取り囲まれた、割と広大な土地が広がっていた。

 広さとしてはルケットのコート三面分くらいだろうか。特段遺跡らしいものがあるわけではなく、大小いくつかのテントがあちこちに建てられているのみである。


「ここが今回発掘している、そして先日崩落した遺跡です。」

「崩落したと言いますが、見た目には普通ですね。」

「かなり地下深くにある遺跡ですので、内部の崩落のみで地表には響かなかったようですね。どうぞこちらへ。」

 佐伯氏はそう話しつつ、近くに立っている大型のテントに慧星を案内する。

「安全状況はいかがですか?」

「二日前ですから内部はなんとも。一応地表部分の強度は確認されておりますので、この辺りを歩いても問題はありません。とはいえ万が一を考えて重機や車両の立ち入りは規制しておりますが。」

「なるほど。」

「みんな、戻ったぞ」

 テントに入った佐伯氏は、辺りにいる研究者らしき人々に声を掛けた。

「先生!?どうされたんですか!」

「大丈夫ですか!?ここまで何事も起こりませんでした!?」

「大丈夫だ。私だってそこまで馬鹿じゃない。何事もなかったよ。」

「よかった……安全のためと言って遺跡から追い出したはいいものの、その後の先生の身の安全を考えたら不安になってきて……」

「……」


 涙目で佐伯氏に向かってくる研究者たちを見ながら、なんとも生暖かい表情をしている慧星である。とりあえず、危険物扱いと慕う心がせめぎあっていることだけはわかった。

「それで先生、こちらの方は?」

 突然話題は慧星に向いた。

「申し遅れました。初めまして。綾川慧星と申します」

「昨日偶然お会いした方だ。今回の事態について、一つ説がおありだとのことで来て頂いたんだ。」

「そうなんですか……あの、失礼ですがご職業は?」

「経歴は話せば長くなりますが、今は喫茶店の店主をしています」

 笑顔で答える慧星に対して、ますます怪訝そうな顔になる研究者たち。

「先生、喫茶店の店主の方が、今回の件に対して解決策になるんですか?」

「先生の判断を疑いたくはないですが……」

「それがな、昨日話したところ、相当な知識をお持ちのようなんだ。これまでの経歴というのが何かはわからないが、おそらくただ者ではないぞ。」

 ひそひそと話しているが、残念ながらオープンなテントの中なので全て聞こえている。まあ疑われるのも致し方ないことだとは思うが。


「オレに疑いがあるなら、試していただいて結構ですよ。なんでもお聞きになってみてください。」

 そう言われた研究者たちは怪訝そうな顔のまま、年長者らしき一人がこちらに問い掛けてきた。


「ではお尋ねします。天暦500年頃に世界教団の前身である和平教会が設立されたとされていますが、この時期になった理由について、どうお考えになりますか?」


 このことについて、考古学界隈では何か定説があるのだろうか。それについては特に知らないのだが


「まず「和平教会設立」に着目すること自体に疑念を持ちます。

 和平教会のさらに前身として、天暦38年頃には既に人類連合が成立していたはずです。要は神人戦争で生き残った人類が再度集結して協力し始めたのがその時期ですから。その人類連合が和平教会に名称変更したのも、組織の変化の中で、名前が変わった天暦523年を転換点と定義しているだけに過ぎません。運営体制含め大きな変更があり、全く別の組織として作り直された出来事である世界教会発足とは、そもそも全く違う出来事と考える方が良いと思います。」

「なるほど……」


 さて、話している最中から研究者たちの顔色が変わっているのは感じていた。どの辺の何を言い過ぎてしまっただろうか。


「先生、和平教会の前の組織はまだ仮想の存在ですし、和平教会設立の年もはっきりとはわかっていなかったはずですよね?なんであの方は知っているんですか?」

「でまかせ……?いや、だとしても、我々の学会未発表の研究で判明した、523年という年数と全く同じ年数を当ててくるとは……」

「だから言っているだろう、ただ者じゃないと。古代機械についてもいくつか尋ねてみたが、私も知らない理論を答えた。しかもそれを当てはめてみれば、実際の事象と全く矛盾点が見つからないんだ。」


 ……やはり言い過ぎてしまったか。和平教会の前身の話までは聞いたことがあったから、てっきりこのくらいは言っても構わないものと思っていたのだが。


 しばらくこそこそと話していた研究者たちと佐伯氏だったが、やがて話がまとまったのか、こちらへ向き直ってきた。

「それでは、今回の説についてお話を伺いたいのですが。」

「ああ、それなんですけどね。」

「はい?」

「まず遺跡の中に入らせて頂きたいんです。」

「はい!?」

「問題の謎の物体と遺構というのを実際に調査してみないと、私の仮説は立証できません。今回はそのためにお邪魔しました。」

「あの……」

 研究者たちはまたも困惑した様子だ。

「現在遺跡は崩落事故の影響で、私たちでも立ち入ることができません。隧道の再建工事が完了するまでは入っていただくことはできないのですが……」

 慧星はその返答は想定していた様子で、なおも質問を続ける。


「入ること自体ができないんですか?それとも、安全が確保できないだけで入ることはできる?」

「入ること自体は……一応できるとは思います。今のところ新たな崩落は起こっていませんから、我々が脱出に使った経路はそのまま残っているはずですので。」

「ではそこを案内していただけますか?」

「いえ、ですから崩落の危険性が高いのでそれはできないと」

「安全については気にしなくて結構です。」

 慧星があまりにきっぱりと言うので、研究者たちも戸惑っているようだ。


「あなたがおひとりで行かれるのですか?」

「いえ、最低でも佐伯さんには来ていただきたいです。もちろん研究者の皆さんも来てくだされば助かりますが。」

「でしたらなおのこと、立ち入りを許可するわけにはいきません!対策もなしに中に入るなど……私たちもそこまで命知らずではありません!」

「では、対策がされていれば許可していただけると?」

「え……もちろん、有効な対策がされていれば問題はありませんが……」

「では、大丈夫です。」

 慧星はそう言うと、ずっと右手に持っていた風呂敷包みを持ち上げて見せた。

「こちらが、そのために用意してきた物です。」

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