第4話、知るべきなのは

「元素が検出されない?」

「はい。周囲の土の成分こそ検出されましたが、物質の深部からは何も検出できませんでした。そこの検査データだけ見たら、機器の故障としか思えないレベルです。」

「つまり機器の故障ではなかったんですね。」


 単純に考えれば、物質があるのに元素がないなんてことはありえない。元素がないならそこは“真空”でなければならないし、物質があるなら何かしらの元素がなければならない。空気だって元素でできているのだ。神や精霊の体なども例外ではなく、この世に存在を持っている以上は、結局何かしらの元素とは縁がなければならないはずなのだ。


「組成が希少元素ないしは新元素だったために、短期的な検査ではわからなかった……とかではないんですか?というか、昨日の今日ですから碌に検査時間などなかったでしょう?」

 崩落事故は昨日の朝、その後は事故対応に追われたはずだし、今は現場を追い出されている。むしろいつ検査したのかがわからない。

「ああいえ、厳密に言えば時系列が違います。部下たちが採掘しようとしたもののかけらしか採取できず、有効な採掘法を考えるためにかけらを検査にかけたら検出不可、私含めて皆で協議した結果僅かに見えている遺構の一部を私が直接調査することにした、というのが正確な流れです。」

「なるほど。それならまだわかります。けど、なおのこと検査結果が」

 慧星は手に持ったコーヒーを飲みながら更に尋ねる。

「ですよ本当に。先ほどの答えの続きですけど、希少元素でも新元素でもありません。それが陰子・陽子・碍子で構成された元素である限り、私が検出に失敗することなどありえません。」


 いくら不運だろうが、筆頭考古学者は最も誇りと実力を持った研究者である。そんな彼がありえないというのなら、では違うということなのだろう。


「正直事故の後処理を部下に任せているのは、そこの問題を解決するためというのもあるんです。我々は所詮研究のために寄り集まった研究狂です。何より研究を最優先するのは自然なことですからね。」

「では、今後の展開について、何か見通しは立ちそうですか?」

「無理です。」

 非常に快活な返答だ。何も喜ばしくないのに。

「そんなにあっさりと……」

「私は科学にはそこまで精通していませんのでね。いくら考えたところで、あの遺構の本体も見られない以上、なんともしようがありません。このままでは他の筆頭考古学者との共同研究を考える必要があるかもしれませんね。」

「こういった場合に助けが得られる方がいらっしゃるんですか?」

「たとえば知人のウェルスウェン氏は物質材料学に精通していますので、彼は大いに候補ですね。あるいはシャルディナくんに助けを求めてもいいかもしれません。彼は若いですが、あれほどの天才もいませんから。」


 ウェルスウェン氏とは、筆頭考古学者第28位のウィンストン・ウェルスウェン氏のことだ。彼は考古学の中でも古代遺物の材質を専門としており、あらゆる物質の組成や性質を主に研究している。既に半隠居人と称される通り、かなりベテランの研究者で近年の目立った成果はあまりないが、長年の経験から得られる知見の深さは彼にしかない強みである。佐伯考太とは加入時期が近いこともあって、ある程度の協力関係にある。


 シャルディナくんは、筆頭考古学者第8位のシャルディナ・グレンのことで、彼は昨年21歳の若さで筆頭考古学者になった天才である。彼の知識と計算力は他の追随を許さず、考古学とは全く別に、量子物理学での学位と実績も持っている。佐伯考太はかつて、彼と学会で出会った際に意気投合し、今では互いを友と呼ぶ間柄である。


 余談だが、今の紹介の通り、筆頭考古学者たちには順位がつけられている。この順位は四年ごとに、その期間発表した論文の数とその引用数に基づいて定められている。これはあくまで学者の活動頻度を可視化したもので、これによって扱いが変わることは特にない。ちなみに佐伯考太の順位は第17位だ。


「その方々に協力を仰いだとして、問題は解決できるんですか?」

「どうでしょうねえ。前代未聞すぎてかなり困難かもしれません。更に言えば、本当はあまり協力を仰ぎたくはありません。」

「それは……研究成果を奪われるかもしれないから……とかですか?」

「ああいえ、そんなことはないですよ。ただ、やっぱり連名で書いた論文よりも、単独で書いた論文の方が考古団に箔がつきますからね。なんだかんだ学者も競争の職業ですから、できればウチで完結したい気持ちは当然ありますよ。」

「なるほど」


 これまで慧星は考えていた。

 さて、どうしたものか。一応確認するべきことは聞けた。現時点で慧星には、その問題を解決できる心当たりがある。いくつかまだ不明な点があるが、今立てた仮説が正しければ、今回ばかりは佐伯氏の運はかなり良かったことになる。


「佐伯さん。」

「はい?」

「明日、オレをその発掘現場に行かせて頂けませんか?」

「はあ……?」

「一つ、オレに仮説があるので、それを検証したいんです。」

「え!?」

「当然、研究成果は佐伯さんの方で発表していただいて構いません。オレには学問の実績は必要ありませんから。」

「いや、今の話で仮説が立てられたんですか?学者でもない人があっさり解決できる問題ではないと思うんですが……?」

「うーん」


 なぜ仮説を立てられたか、それはできれば隠しておきたい。なんなら佐伯氏には尚のこと隠しておきたい。


「偶然ですよ。あなたの言う問題に合致する現象を、たまたま知っていただけのことです。」

「そうですか……。こんな意味不明な事象についてあらかじめ知っているとは、一体……」

「よろしいですか?」

「わかりました。ただ、崩落で遺跡はほとんど埋まってますからね?行ったからってすぐに発掘作業を進めるのは不可能ですよ?安全性も保証はできませんし。」

「大丈夫です。それらは承知の上で、行かせて頂けませんか?」


 佐伯氏は一応困惑した表情は浮かべたが、ここまでの問題の答えが知れるかもしれないと言う、知識欲の方が勝ったらしい。

「そこまでおっしゃるならわかりました。では明日向かいましょうか。」

「では待ち合わせて共に向かってもいいでしょうか?」

「わかりました。では時刻は——」


 ひとまず、今夜は支度を済ませてから寝ることにしよう。

 あと明日会ったら、注文のコーヒーをついうっかり自分で飲んでしまったことを謝っておこう。

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