第3話、見放されたのは
「運が悪い……それが原因だとおっしゃるのですか?」
正直に言って困惑が隠しきれていない慧星である。
「そう言っても信じていただけないとは思うのですが。何しろ私の運の悪さと言うのは異常でしてね。」
そう言って語られた佐伯氏の運の悪さは、慧星をもってして顔色をなくす程に過酷なものだった。結果今生きているのが不思議なくらいだったが、あるいは悪運だけは誰よりも強かったのかもしれない。
話を聞き終わった慧星は、呆れと痛苦の混ざったような表情をしていた。
「それで、よく筆頭考古学者になんてなれましたね」
「私自身不思議なくらいですよ。まあそれでも頑張って学んだ甲斐があったと思っていたんですが、この職に就いてからも運の悪さには勝てませんで。素晴らしい部下たちのおかげで何とかやってきたというところでしょうか。」
今回事故が起こった遺跡に関しても、発掘中の遺跡に佐伯氏自身が立ち入ると(中略)命に関わると言うことで、発掘作業は部下たちに任せ、佐伯氏は離れた位置にある拠点で出土品の検証や考察に尽力していたのだと言う。
「ところがあの日、部下たちが私の所にやってきて、発掘できない謎の遺構があると報告してきましてね。」
致し方なく、佐伯氏自身がその遺構の調査をするために遺跡に入ったが、結局その遺構の正体は判明せず、計測したデータだけを持って遺跡から出ようとした瞬間、発掘現場は崩落し、今回の事故になったと言う訳だそうだ。
「なるほどねぇ……」
「私のせい、と言われれば仕方ないのですが。不幸中の幸と言えるとすれば、今回私の部下に人的被害は出ませんでした。皆私が遺跡に入ればどうなるかわかっているので、対策は万全だったと言うことですよ。全く、喜ばしいやら情けないやらなんやら……」
「それで今もこうして現場から離れているわけですね」
「その通りです。私だって、学者としても、一人間としても、部下を持つ者としても、居ても立ってもいられない気持ちはあるんですが、何しろそれが周りのためですから。」
慧星としてもかける言葉が見つからない。
実はこういう話自体聞くのは初めてではない。あまりにも不運不幸が続いて困っている、という人には何度も会ったことがある。しかしそういった事例は、大抵誰かに呪いのようなものを掛けられていたり、そうでなくとも誰かからの負の念を受けていた場合が多かった。そういう場合には呪いの主を突き止めたり、負の念を払ってあげたりなど、何かしらで助けてあげることもできたのだ。
原因がそれならよかった。しかしどうやら佐伯氏には、呪われていたり、恨まれていたり、そういった様子が全く見られない。
つまり、素の人間として究極的に運が悪いと言うことらしい。
それはもう……お気の毒ですとしか言いようがない。
それはそれとして、一つ気になることがある。
「その遺跡には謎の遺構があったとのことですけど、一体どんなものだったんです。正体とはいかなくとも、どういったジャンルの物かくらいは予想もつくんじゃないですか?」
筆頭考古学者の知識量と思索の高度さは決してなめては掛かれないものがある。時としてそこら辺の石からも一学説を築き上げられるのが彼らの本領である。
「いえ全く。」
どうやらそうでもなかったようだ。
「大まかな目的も不明だと?」
「全くですね。ですから、本当なら調査を進めたい気持ちはあるんです。過去に発掘された遺跡の情報と照らし合わせても、今回得られたデータとはあまりに類似点が少なかったので、もしかすると現在学術的に全く知られていない分野の発見ができた可能性もあります。」
そういう佐伯氏は心底残念でならないという表情をしている。
半ばダメ元ではあるが、慧星から質問してみることにした。
「差し支えなければ、調査で分かったことを教えていただけませんか?一介の喫茶店の店員がいうことでもないでしょうが、私も結構考古学には詳しいんですよ。」
佐伯氏は一拍考えたが、すぐに気を取り直した様子だった。教えても特に損はないし、行き詰まった現状を打開するきっかけになるかもしれないと判断したのだろう。
「本来ならば研究の進捗は秘匿するんですが、なんとなくあなたには話しても良い気がします。私は運は悪くとも、こういった人を見る勘は外したことがないんです。」
くれぐれも口外はしないでくださいね、とだけ言われてから、慧星は質問をする。
「まず、遺構という単語を使われていることから、ある程度大規模なものということで良いのですよね?どのようなものだったんですか?」
「全体図ははっきりしていませんが、解析できた部分からある程度大きさの予測はできました。現代でいえば、学校の体育館丸ごとと同じくらいかと。確認できたのは金属質で作られた、おそらくは筐体の骨格部分。かなり大きな部分のみ確認されていて、細かい構造に関しては不明点が多いです。」
「その規模なら何かしらの施設だと考えるのが妥当なのでは?」
「私も初めは何らかの施設かと思いましたが、それも正直確信は持てませんね。」
「というのは?」
「現時点で不可解な点が約三つあります。」
「一つずつお聞かせ願えますか?」
「まず一つ目。配線設備が異常に複雑でした。過去に発掘された遺跡の電線構造とは明らかに異なった設計をしています。目的も不明ですし、確認できた部分だけでも驚くべき構造をしていました。」
「なるほど……しかしこの時点では、研究施設の可能性は残るように思いますね。」
「そこで二つ目。確認できたのは構造体の骨組みのみで、私が立ち入る以前の調査でも、壁などのその他構造物に当たるようなものは一切確認できていません。これに関しては、もし更に発掘を進められていれば確認できた可能性も否定はできません。」
……そういえば
「そもそも「発掘できない謎の遺構」ということで、あなたが直接調査に赴くことになったんですよね?持ち出せないのは当然としても、発掘できないとはどういうことです。」
「それが三つ目の不可解な点です。」
佐伯氏は一拍呼吸を挟んだ後、こう言った。
「その構造物のある周辺の地盤が、全く未知の物質に変性しているんです。」
「未知の物質に変性?」
「はい。まさにその構造物の周辺だけです。その構造物以外の他の要因では考えられないほど、局所的な変性が確認できました。」
その時点で、不可解だという理由はよくわかった。未知の物質など、現代においてはまず自然にはあり得ない。それが、その遺構の周辺にだけ突如存在している。その遺構こそが未知の物質の要因だと考えても、別に飛躍はしていないと言えるだろう。
「いったいそれはどんな物質だったんですか。」
「聞いて驚かないでくださいね。」
わざわざ勿体をつけてから佐伯氏はこう答えた。
「我々が用意できる道具のほぼ全てで掘削ができず、唯一採取できた砕片からは、いかなる検査をしてもなんの元素も検出できなかった、と言えばお分かりいただけるでしょうか。」
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