第2話、任ぜられたのは

 世界教団というのは、全世界を統一的に治める、一種の政治組織のようなものだ。

 この世界における「神」というのは、信仰の対象とされている以前に、「事実存在しているもの」という大前提の存在である。世界教団は、神側の代表と対談することを認められ、また意見を述べることができる唯一の組織であり、厳格な秩序と公正な裁きの上に成り立っている。全世界の国家は教団に所属しており、まず教団が神託を基に規則を定め、各国政府はその範囲内で更に法を定め、それぞれの統治を行うという順序になっている。

 この制度体系は一万年前の神人戦争の終結から数千年後に成立したもので、神から人間に与えられた最後の慈悲でもあるという意味から「最終秩序」とも呼ばれている。


 こうして、神と人間の関係性を維持する政府機関であると同時に、世界教団はもう一つ、研究機関としての役割を担っている。

 一万年前、神人戦争の前の世界の様子というのは、終戦直後からほとんど史料も残っておらず、その頃を知っているはずの神々も、決してその頃のことは語ろうとしない。

 しかし、今の社会が生まれる要因であり、人類最大の過ちとされる神人戦争のことは是非とも知る必要がある。

 そこで昔、世界教団が自らその頃の歴史を調べたいと神々に申し出た。神々が口を閉ざしていることからも、あまり良い顔はされないかもしれないとの覚悟の上だったのだが、意外にも返ってきたのは、邪魔をする気はないから好きにすれば良いとの返答だった。


 かくして天歴6076年に成立したのが、世界教団考古学省である。そこには、学術能力・人格などを基準に選定された、世界最高クラスの考古学者が、常時平均30人程度所属している。彼らは、自身を筆頭考古学者とした考古団を傘下に持ち、全世界に点在する遺跡の発掘調査を行っている。

 すべての学術成果を教団に報告するという義務の代わりに、各国家機関に対しても意見できるだけの権力が与えられているのも特徴だ。



 長い余談を経て。

 今回トワイムを訪れたこの人物、どうやら世界で29人しかいない、筆頭考古学者の一人であるらしい。


「どうも。改めて名乗らせていただきます。佐伯考古団筆頭考古学者、佐伯考太と申します。とはいえ、今はあまり誇りを持って名乗れた身分ではありませんが。」

「違ったら失礼ですが、もしや、昨日の……」

「あなたもご存じでしたか。その通りですよ。崩落事故です。」

 やはり見た通りだった。昨日崩落事故を起こした考古団の、筆頭考古学者本人で間違いないらしい。

「それは大変でしたね。崩落事故だなんて。あれはなかなか怖いものですよ。あれを超えるものは日常ではまずありませんからね。」

「恐ろしいですよ。この仕事をしていても、到底慣れるなんてものじゃない。むしろ慣れた頃には死んでいるでしょう。にしても随分と自分事にお語りになる。まだお若いと見受けますが、そう言ったご経験がおありなのですか?」

「一の人生に万丈の歴史あり、と言っておきましょうか。」

「歴史ですか。そう言われると読み解きたくなりますが、まあよしましょう。何はともかく、怪我人が出ずに済んだのが一番の救いですよ。責任問題は勿論ですが、何しろ家族のような仲間です。第一に心が痛い。」

「そのような思いをなさらずに済んだことは不幸中の幸と言ったところですね。では、これから復元作業ですか。」


 ここまで会話をしていたが、そう考えれば不思議である。崩落事故は、怪我人の有無を問わず一大事、昨日の事故が解決もしていない今、考古団の責任者が現場を離れているのは不自然にも程がある。


「しかし事故があったのは昨日でしょう?筆頭たるあなたがこんなところにいて良いのですか?」

「よくありませんね、普通なら。私がこんなところにいるのがバレれば、世間には申し開きが出来んでしょう。」

 決して楽天的な表情をしているわけではないことから、無責任な人というわけではなさそうである。しかし、そうだとすれば尚のこと。ここにいるのは不自然だ。

「あなた責任者でしょう?オレとしても、あなたが責任から逃げてきたのだとすればあまり良い顔はできませんよ?」

「立派人を名乗るには遠く及ばない私と言えども、こんな時に逃げてくるような無責任ではありません。逆です。」

「逆?」


「部下たちに、現場に近寄るなと追い出されたんです。」


 なんだそれは。

 筆頭考古学者は何も考古学の知識だけで選ばれるわけではない。発掘調査というものの性質上、落盤や崩落の危険性は常にあるものだ。その際の対応能力や、修復の陣頭指揮などの技量も、筆頭考古学者の必須スキルの一つである。第一、重い責任と高い能力故の権力である。先陣にも参謀にも不在であるなど、本来考えられない話なのである。

 嘘かとも思ったのだが、慧星は相手の言葉の真偽を見極める能力には長けている。どうやら全くの真実らしい。


「筆頭考古学者を有事の際に追い出す考古団?あまり聞いたことがありませんね。」

「これに関しては私が悪いんです。」

「あなたが悪い?崩落事故を起こしたのがあなただとでも言うんですか?」

 佐伯氏は項垂れて、今度こそ深々とため息をついた。

「あながち間違いでもありませんね。」

「それではあなたにも原因があると。一体何があったと言うのです。」

「どうか笑わず聞いてください。」

「勿論です。」


 続いて佐伯氏が口にした言葉は、


「私、運が悪いんです。」

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