壱・発掘の章
第1話、訪れたのは
そろそろ午前のお茶の時間になろうかという、午前九時半過ぎ。
高層ビル立ち並ぶ都会のオフィス街の中に、ひっそりと存在する喫茶店「トワイム」、営業再開二日目のこと。
出すものの味にも、店の風格にも、店主の人柄にも定評のある、数十年の歴史を持つこの喫茶店は現在、新たな四代目店主によって営まれている。
そんな老舗四代目店主に、最近なったばかりの
「暇なのは変わりありませんね〜。」
開店からしばらく経った今も、やっぱり昼間は暇していた。
朝食どきと昼食どきに一定数、夕方に相当数の客は訪れるので、決して繁盛していないと言う訳ではないのだが、それはそれとしてそれ以外の間は暇だ。来たる混雑時に向けて準備しておくと言っても、何時間もかけてするような準備はないので結局やることがない。
こう書くと客寄せの方策を立てた方がよいようにも見えるが、実は昼間客が来ないのは人為的な理由によるところが大きい。しかも主な犯人はこれまでの店主たちである。
特定の時間以外の客を減らしている原因にすでに気付いている慧星は、その気になれば一日ずっと客が来るようにすることはできる。しかしそれではこれまでの店主たちの意向に逆らってしまうことになる。これまでの店主たちの意思を一番に尊重する慧星は、どれだけ暇であってもその状況に耐え忍んでいるのだ。
どうしてこれまでの店主たちはそんな妙な状況にしているか、それは一言でいえば「お悩み相談」を受けるためである。
この喫茶店、表向きはただの老舗喫茶店なのだが、実は初代のころからずっと「お悩み相談処」という面を併せ持っている。別に非合法なことをしているわけではないのだが、やはり人が多いと言い難いこともあるだろうということで、相談がある人以外は日中は近寄れないようにしているということだ。
この「お悩み相談」が、慧星が跡継ぎになった理由に大きく関わってくるのだが、それはまた別の話。
「考えてみると、初日のお客様も、悩みというわけじゃないにせよ理由ありのお客様ばかりでしたね〜」
今の慧星はぼーっとしながらテレビのニュースを見ている。
流れているのは、昨日、某所にある遺跡の発掘現場が崩落したというニュースだ。発掘作業をしていたのは世界教団公認の考古団だったらしく。筆頭考古学者と思しき人物が、何やら記者の取材に答えている映像が流れている。
それは多少興味を惹かれる話ではあったが、その後には別に面白いニュースが流れてくる気配もなく、他に面白そうな番組をやっている様子もない。
「いっそ奥に戻ってしまいましょうか」
この店、奥に店主の居住区画が併設されている。
元は先代が住んでいたが、病気をしてしまってからは、一人暮らしは難しいということで、親類を頼って引っ越してしまった。そして慧星は特に住む場所がなかったので、空き家になったここに住まわせてもらっている。
住まわせてもらっているというか、建物の所有権は既に慧星にあるので、どこに住もうが自由は自由なのだが。
もう奥に引っ込んで夕方まで休んでやろうと決めた
ちょうどその時、
カラン
と音を立てて、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませー」
「ごめんください。カウンターよろしいですか?」
「どうぞ。お好きなところへお掛けください。」
入って来たのは、くたびれた紳士といった風体の人物だった。
スーツの上にコートを着て、今時珍しい洒落たハットを被っている。
「ご注文はどうなさいますか?」
「ホットコーヒーをひとつ頂けますか?」
「承知致しました。」
注文の用意をしながら、こっそり客の顔を見る。別になぜというわけでもなかったのだが、そういえばよく見てみれば、どこかで見たような顔である。
「しかしなんですな、これまで全く気がつきませんでしたが、ここは実にいい店ですね。」
「ありがとうございます。諸事情にて一年程休業しておりましたので、その間お気づきにならなかったのでしょう。」
「左様ですか。まあなんにせよ、ここは実にいいところです。これからも通わせて頂きたいですね。」
「ありがとうございます。」
「いやー、実に良いところだ。」
しきりにそればかり繰り返しているので、慧星も流石に妙だと感じた。その紳士はどことなく空虚で、上の空といった様子に見える。
そもそもこの時間に店に入ってきたということは、何かしら悩みを抱えているということだ。本人に相談する気があるかは別として。
黙っていても仕方がないので、慧星から絡んでみることにした。
「やけにため息をおつきですが、何か嫌なことでもおありでしたか?」
別に紳士は上の空なだけでため息などついてはいない。しかし心に淀みのある人は、自分が無意識のため息をついていたものと思ってくれるので、話の展開が作れる場合がある。
案の定今回の紳士は、
「おや、私としたことが、マスターの前でため息をつくなど、失礼なことを致しました。」
あっさりと引っかかってくれた。
とっかかりができれば、あとは話を聞いていくだけである。
「見たところただならぬお悩みを抱えておられる様子ですが、一つ、他の客は誰もいませんから、オレに話してみてはくださいませんか。」
「はは……マスターに聞いていただくほどのことでもないのですが。」
見るからに力なく、自嘲気味な笑みを浮かべた紳士は、次にこう言った。
「実は私は、世界教団で考古学者をしている者なのですがね。」
「あ」
そう言われてようやく気づいた、その紳士の顔は、先ほどの遺跡崩落のニュースで見た顔に相違なかった。
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