手紙の裏
数年の月日が流れた。暫くここに訪れていなかった。君に会えない現実が辛くて、受け止められないと分かっていたから。
君がいなくなってから何年目かの夏、君からの手紙と花束を持って小屋へ入った。
あの日の僕はまだ子供だったから、君への返事が曖昧になっていたように思えて、僕なりの人生で答えを見つけたからその報告だ。
戸を開けた瞬間、あの頃が一瞬で蘇る。ここでは、穏やかに時間が流れていたのだろう。優しくて埃っぽい空気で包まれていた。
もう一度手紙を読み上げる。僕なりの答えと共に。
「――?」
あの日、動揺していてちゃんと読めていなかったのだろう。裏にも文字が書かれていた。
『それから。私と君は小さな頃ここで会っていたの。』
「…。」
『私は、君の考えていることが好きだった。また会いたいって何度も願って、今年、漸く会えた。とても嬉しかった。』
記憶の底にあるであろう思い出を漁る。だが、いまいちモヤがかかって晴れない。
手紙を掴む手が、少し汗ばむ。
『あの頃の君が教えてくれたことを心にずっと留めて、これまでを生きた。言わば、君の人生を模倣した。』
「………。」
『そして久しく君に会って、気づいたんだ。私だって私なりに思考を巡らせて生きていたんだなって。そして同時に思ったんだ。このままもう誰にも汚されたくないと。誰かの否定も肯定もいらない。君が、私にくれたもので、私が君に渡せたであろうもので、そのままでいたかった。』
「僕は、あの夏の君の思考を模倣していたんだ。」
―――誰の人生だ?
紛いもなく、君と僕の人生か。
君と僕で創造した人生だ。僕たちは知らずに互いを重ねて考えていた。いつの間にかどちらの人生でもあったわけだ。
そして思い出した。小さな頃の穏やかな記憶。
ずっとあった違和感。君と初めて会った日、酷く懐かしい気持ちになった。なにかに吸い寄せられるようなそんな感覚。
その頃の僕は大きなストレスによって、記憶を維持しておくことができなかった。今でも思い出せないことばかりだ。
だけど、君のことは思い出せた。あの夏に、君に惹かれたように。
そう言えぼ君に話したことがあったね。ギリシャ神話の一説だ。
「今の僕達は神様の気まぐれで半身で、その片割れを探しているんだって。もともと、男男、男女、女女で組み合わされていて、それを分断したのが今の僕たちだと。」
僕は星座表とギリシャ神話の書かれた小説を。君は、星座図鑑を持って。
たまたま巡りあった僕たちの動機は同じで、家出だった。僕たちはあの時もたくさん話をした。僕の話ばかりだったが、君はとても興味深そうに僕の言葉に耳を傾けた。
―――じゃああの夏と、幼い頃の僕たちはまるで逆だったんだな。
途端、涙が溢れる。片割れなのだとするなら、片割れだから、僕たちは互いしの思考や思想を重ね合わせることでしか大人になれなかった。だけど君は、僕よりも遥かに先に大人になってしまった。そして、毒が回りきって寿命を迎えた。
僕は、やっぱり―――。
「ねえ、僕は君の人生を模倣するよ。そしてできるだけ早く会いにいく。」
君の玉響の声が今にも響く。
『私たちが、いつかまた会える日を願って。
シオンの花を餞に』
模倣人生 柊 ポチ @io_7
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