第22話 これが主人公
予想外な事態が起きた。まさかあの説得から、ダンが拒絶するなんて思わなかった。
てか何で拒絶したの?
「だってしょうがねえだろ……!!」
へ? 何が?
「だってアンタに憧れちまったんだ!! アンタみたいに強くなりてえ!!」
…………おい、やめろよ。ここで感情に訴えかけるカウンターは。前世で必要にされたことなかったからかなり効くんだよ。
「それに、アンタはさっき俺の母親のこと言ってたけどよ、母親だって言ってた。これを逃したらもうに立たないと思って後悔するなら、逃さないで後悔するなってなぁ!!」
は? そんなこと……言ってた。
プロローグの主人公が河の主を釣り上げるための釣りを、やめるかやめないかの時に、母親にそう言われた場面があった。
まさかあの場面を使ってくるなんて……。
「母親だって理解すると思うぜ!? いつも後悔することは不幸の始まりって言ってるしなぁ」
マジか……やばい、何か対策しないと。
「俺は後悔したくない。だからアンタらに着いていく」
クソ!! 不覚にも痺れてしまった!!
お前何歳だよ!! もしかしたらお前は人生三周目に入ってるのか!?
「いやでもそれでも、だ、大体お前はなんであのダンジョンにいたんだ? あのパーソンワームの巣に」
「あんただろ、いや、アンタらだろ」
こちらの質問に対してあさっての方向の答えが返ってきたからビビった。
「アンタらが最近、村で討伐対象になっている盗賊団だろ」
知っていたのかこいつは。まさかダンたちが俺たちの盗賊団が物語のクソみたいな悪役集団だってことを知っていたのか。
元々ダンたちが、外に出て行ったのは、その依頼を見て、俺たちが倒してやろうというノリだったから、バレていてもおかしいことはない。
だが、もしそれが分かっていたとすると、俺の中で新たな疑問が生じた。
なぜコイツらは俺たちを討伐しようと思わなかったのか。
例えば俺ならさっきアーサアのところに赴いた時、その時間の間に盗賊団員を何人か殺すことはできたかもしれない。
なのにそれをしなかった。何がコイツらの心境を変えたのか。それが全く分からないから謎であった。
俺はしばらくそんな顔をしていたが、やがて平静さをつける。
「なんのことだ」
「トボけんな。ここ最近で村人や町の人たちを酷い目に遭わせて泣かせてたのはお前らだろ?」
まあ、ここは嘘ついてもしょうがないか。
てか嘘つくと変な方向にこじれる場合が考えられる。
「ああ、まあそうだ」
「だよな」
それっきりダンは黙っている。というか遠い目をしている。この表情は子供でも大人でも同じ意味を現す。
真剣に慎重に何かを考えているんだ。
正直、今ダンが何を考えているのか見当もつかない。だが、今の答えで何かを思い出すように必死に考えて、答えを出そうとしている。
そして更に俺は知っている。
そういう顔ができるのは、フィクションでも現実でも同じ、主人公属性が高い奴ができる顔だ。
「元々俺が村出たのはよ、お前らみたいな盗賊団が暴れているとか聞いたから、それを倒す為に村から出て行ったんだ。そして依頼を正式に受けて、アジトの場所を教えてもらった。だけど、アジトに行ったらその討伐対象の1番上の奴が死んでた」
うん、大体知ってる。というかそうか、ザコボッコの遺体とか見たのか。
「傷が新しいか古いかは、狩猟とかしてて分かるから、ついさっきこいつがやられたってことが分かった。初めは何クソって思った。だからむしゃくしゃしてこの村に行ったら村人とか子どもたちが攫われたって聞いたからあのダンジョンに行ったんだ。そしたらアンタたちと会った」
そこでダンは顔を上げた。自分の結論に近づいていることを表している。
「アンタたちに会ってすぐに分かった。コイツらがあの残虐非道な盗賊団だって。だから俺は敵対心を持って戦いを挑んだ。そしてアンタに完敗して、今ここまで来ちまっている。今なら、いや、ほんとは負けた時から分かっていた」
「なにが分かったんだ?」
「アンタだろ、あの盗賊団の頭を殺ったのは」
「ああ、そうだ。あの男は大体酒癖が悪い癖によく酒を飲んでいたから、ろくに攻撃が当たらない性質があった。だから多分ダンたちでも勝てたと思う」
これは本音というより事実。
その実力をダンは持っている。
「当たり前だ、あんな奴倒せるに決まってんだろ。あんま俺を舐めんな」
おっと、少し機嫌を損ねてしまったらしい。でも何のためにそれを聞いたんだ?
「やっぱそっか、あんた、強いもんな」
そこで再び遠い目をする。なんか、ダンのやつとんでもないこと言おうとしていないか?
「やっぱ決めた」
決めた? 何を?
「俺、アンタのとこの盗賊団に入る」
俺の顔が固まったのが分かった。
一瞬、理解が遅れそうになった。え? なんだって?
「え? なんだって?」
「だからアンタのとこに入るって言ったんだ」
……えっと……ゲームだと、盗賊団倒して、ミッションクリアから色々あって成人してぐう聖になって、その頃には世界が魔王とかでヤバいから勇者の剣を抜いて、仲間たちと旅して、魔王倒して……。
「おい、聞いてんのか」
全然違う!! もう根っこの部分からストーリーが違う!! ここでダンが俺の盗賊団に入ったら何もかも違うくなる!!
しかもぐう聖になるのは、成人してからだ!! それなのにここに入ったらぐう聖じゃなくてぐう畜になりかねないぞ!?
てか、そんなことは分かりきってた。
だから今、説得しようとしてるんじゃねえか。なんとかして……。
「まあ、アンタがいれないって言うならそれでも良いさ。俺が勝手に作るからな。ダン盗賊団」
自分の名前を盗賊団にするのはやめとけダサいことになるから!!
じゃねえよ!!
今コイツ自分で自分は盗賊になるって言ったようなもんだよな!! ダメでしょ!! 未来の勇者が盗賊になるとか!!
「止めても遅いぜ。もう決めちまったんだからな」
「な、何を決めたんだ」
すると、ダンはその言葉を待っていたかのように、歯を見せてニッと笑った。まるで物語の主人公みてえな笑顔だ。
「なんとなくだけど、俺は、自分の村に今まで生きてきて、将来どうなるかっていうのが分かっちまった。俺の村には何もない。時々結構高い金額で行く遠くの町には、騎士とか選手や武術家、魔法使いとか魔剣士や魔拳士とか単純にかっこいい連中。街中の噴水広場とかで人智を超えたようなマジック、ダンス、演奏、歌手、即興舞台、歌語り。あとはマーケットで時々見るような一目ですげえって分かる絵や陶芸品、彫刻、像とかをクリエイトする。他にも数え切れないほどいっぱい何かを生業としている奴らがいた。だけど、俺はそいつらみたいにはなれないってどこかで思っていた」
その気持ち、すげえ分かる。普通に生きていると、だんだん分かるんだ。自分が特別でもなんでもないってことに。
そう思える奴っていうのは、大体は周りからお膳立てされて良い気になっている阿呆か、本当にその実力がある馬鹿だけだ。
俺は、そんな奴にはなれなかった側の一人だ。
「俺たちみたいな村人は、せいぜいその中で、商会の奴らに自分たちの農作物を売る交渉をすることしかできなかった。表舞台で華々しく動いたり、評価されたりする奴らとは違う。ずっと、後ろで何かをするしかできないんだなって思っていた。行く時帰る時の馬車代も結構して生活に困ることあるし。だから、俺ができることと言ったら、母親の農業仕事を、少しでも疲れが軽減できるように、水分切れるほど手伝うことだけだった。そして、それが一生続くんだろうなって思っていた」
すげえ分かる。てかマジか、ここら辺の設定は、プロローグらへんにある、主人公の心の内の独白だったけど、使ってくるとは思わなかった。その十年後、魔王が現れてモンスターとかが暴れて人間を殺す行為が劇的に増えた。
その中に、主人公の母親も入っている。
「でも、アンタと会ってさ……こういうのも悪くないかなって思ったんだ。そりゃ表向きは盗賊で悪いけどよ、そんな悪い連中の中にも良い奴がいるってのも悪くないなって。あんま人に感謝されるのって慣れなくてよくわからないし」
悪いとされる奴らの中にも良い奴がいて、自分がそれになる。確かに悪い気はしない。
なんかカッコよく思ってしまう。
「だから決めたんだ」
「決めた?」
何を決めたんだ? 不安のあまり、つい冷や汗が首筋から垂れてしまう。
「ああ、俺は決めたんだ。アンタみたいな盗賊になって、世界をその力で平和にする!」
「……………………」
絶句。
何も言うことできねえよ!!
こいつ……どこまで主人公属性強えんだよ。神になるとか王になるみたいな言葉をサラッと言いやがった。
カッコつけるとかそういう意識がなさそうに。さも、プロ野球選手とかに憧れる子どものように、純粋な目をしてやがる!!
てかそれでやめろとかあんまり言いたくないよ!! だってやめとけアタシみたいな盗賊なんてなるな、なんて言ってもコイツみたいな主人公属性少年は絶対そういう約束を守らない!!
それどころか俺のそのセリフで、ますます憧れてしまう危険性だってあり得る!!
いやこれあかんて。
止めることできないって。
「反対されてもやめねぇ。アンタに反対されて入れなかったら、ボヤンと二人で組んで盗賊団作ってやるよ」
「えぇ!?」
ほら、ボヤン困ってる。困ってるからやめてあげて!? ね!? 自分で盗賊団なんて作ったら、下手すりゃ主人公になる前に死んじゃうから!! それが現実だから!!
「憧れちまったんだ、アンタに。やめろなんて言われてもぜってえやめねえ」
まずい、泣きそう。素直に嬉しい。
こんなこと言われたの初めてだ。前世でも一回も言われたことねえ。言われる気配すら無かった。
だからこんなこと言われたら……言われたら……!!
「おい、待てよ。どこに行くんだよ」
ダメだ、これ以上ここにいるとコイツの熱意にあてられる。なんとか去らなければ。
「アンタが拒否してもぜってえなるからな!! アンタみたいなカッコいい盗賊に絶対になるからな!!」
「…………はぁ……なにしてんだよ」
「は?」
「こい、とりあえず作戦とか色々決めっぞ」
振り向くと、ダンとボヤンはキョトンとした顔を向けていたが、やがて二人見合わすと、ぶわっと一気に感激の満面笑顔をして熱い握手を交わしていた。てか、ボヤンもなんだかんだでついて行きたかったのか?
くそ、そんなに喜ぶなよ。まるで自分の親にすごく褒められたみたいな反応しやがって。そりゃ嬉しいよな、親であっても身近で知っているすごい人であれ、遠い世界のプロでもさ。
自分が憧れている奴に認められるなんてよ。……俺にはそんなこと一回もなかった。
(おめ、なんでそんなことも理解できないんだ!? 世の中甘く見てんじゃねえのかっ、この!!)
(お隣の〇〇君や、〇〇ちゃんはあんなに綺麗なのに、どうしてアンタは全然なの?)
(ふん、小学生だろ? 百点とって当たり前だべや。そんなことで一々喜ぶな)
(もう〜なんで九十点なんてとっちゃったの? あの人になんで説明したらいいか……)
(あの子は成績とか関係ない。あの子は身体能力があるからな。お前にはそれが無い。だから油断するなよ。いくら努力しても、友達付き合いが良くても、成績優秀でも、一度でも大きな失敗をしたら、それで人生の全てが終わるんだかんな!?)
(アンタ不器用ね。料理も裁縫もできないんじゃない?)
そんな言葉ばかりが周りにあったからなぁ。
「……い、おい!! フロー!!」
「!!」
その言葉で正気に戻った。目の前には嬉しそうに無邪気にニンマリとしたダンとボヤンがいる。
「作戦とか色々決めるんだろ!?」
「……ああ、そうだな」
じゃあ行こうぜ!!
そんなことを言って、競争でもなんでも無いのに、なぜかダンは走り出した。
そしてそれに待ってよ〜、とボヤンがついていく。
自分の前世、そして原作に無い少年時代の光景だった。
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