第20話 チェリジュン




『フォロボシタン』にて


「アーサア様」


 部屋にベイビーヘッドが入ってきた。


「ああ、ベイビーヘッドか。何の用?」


 何の用、この言い草にベイビーヘッドは少し傷ついた。元々クンチャが殺されたからフローを連れてこいとアーサアお願いしたのに、連れてきたら自分は放ったらかしで、何の命令もしない。


 そして今、来たら何の用? だ。


 ベイビーヘッドからしたらとんでもない話だ。命令に従ったら無碍にされるなんて。


 それでも逆らうことは出来ない。アーサアの前から立ち去ることも。


 なぜならそうしたらアーサアは殺しにかかるからだ。


 しかも、たった一つの些細なことで、国一つを壊すことだってする。

 

 何かの伝記で、その人物は仲間を馬鹿にされたから国ごとアジトを滅ぼす逸話があった。それを読者は男らしい、これぞ男の友情ということを唱えていたが、ベイビーヘッドはどこがそうなのか、全く分からなかった。


 むしろ、仲間を馬鹿にされただけで、国を滅ぼすのはサイコパスだと思っていた。


 アーサアは間違いなくその類のサイコパスだと確信している。しかし、今はそんな不安を振り切り、問いただそうとする。

 

「アーサア様、なぜ先のフローたちを『チェリジュン』に行く司令を出したのですか?」


「ん〜? 不満かい?」


「いえ、そう言った気持ちは一切ございません」


 そう、不満は無い。不満は無いが不安はあるのだ。


「じゃあ何でそれを聞くんだよ」


「それは……『チェリジュン』の奴らの一番の脅威的な所は、その報復にあります」


 そう、『チェリジュン』は、まさに子どものように純粋で、どこまでも残酷になれる組織だった。報告で、メンバーの一人が臭いと言われただけで、一国の全てにありとあらゆる残虐非道の所業を起こし滅ぼした過去がある。


 初めは仲間を嗤われたと、怒っている様子を見せたが、途中から全てのメンバーが至極愉悦、呵々大笑と嘲り笑い国を崩していった。その中には年端もいかない子供もいたが、顔やら態度、その歳で高い服着ているのが許せねえ、と殺しのかぎりを尽くした。


 断末魔と悪魔の大爆笑が渦巻く最悪の夜だと、大陸の中に隠れた、たった一冊の歴史書には記されている。


 未だにそのことが描かれているのは、その本だけで、他には何も記されていない。というか記されていた歴史書は、全て燃やされている。


 なぜなら、何を隠そう現『チェリジュン』のアジトがその国そのものだからだ。

 


 少しの異物でも、根っこやその周りの物を全て根こそぎ取らないと『チェリジュン』は組織総出する。そして対象、対象の周り、そして対象を半殺しにし、その後拷問室などで目覚まし、白状させる技術なども持っている。


 ベイビーヘッドが言いたかったのはつまり、うまく行くかどうかの返事。そしてその理由だった。


 もし、フローが失敗すれば、『チェリジュン』から相当な逆襲を受けることになる。


 とてもじゃ無いが、ほぼ寄せ集めばかりで、その『チェリジュン』を滅ぼせるのとは到底思えない。


 しかし、自身たちのリーダー、アーサアが言うのであれば、その無謀に思えるその任務、フローたちが解決するのではと、ベイビーヘッドは予感がした。


「心配すること無いよ」


「なぜそう言えるんですか」


「大丈夫、彼女たちは絶対にこれを解決する。そしたら正式にここのメンバーにしよう」


 少しギョッとした。なぜならアーサアが成功すると言えば成功するし、もしメンバーになったらかなりの地位が渡されることがうかがる。そうなってしまえば、自分の立場が危うくなる。


(まさか、そんなことがあるはずがない。あんな寄せ集めのゴミどもで上手くいくはずがない!!)


 そう思っていたものの、目の前のアーサアはご機嫌な様子で爪切りしている。

 失敗することを微塵も考えていない、さも当たり前の余裕顔。それがベイビーヘッドを不安にさせる。


「う〜ん、相変わらず僕の指は美しいな〜」


 そのご機嫌な姿に思わず、背中に隠している拳を握りしめてしまう。







 その頃、チェリジュンアジトにて


 ツンモ・ジマユ 彼は『チェリジュン』のトップである。元々、表側では、どこかの貴族の息子であり、幼い頃からの天才であった。


 学問は暗記は見て書かずに覚えることがでに、数的処理能力もすごく高かった。


 故に記憶力は、地震の裁量で操作することができ、覚えたい物だけ覚えられるようになる。


 勉学もすごいが技術もすごい。

 ピアノ・料理・裁縫・絵、様々なことが難なくこなすことが出来、コンクールに最優秀賞もとっていた。


 しかし何より凄かったのは身体能力だった。球技、剣道、空手、柔道、冬季スポーツ、サーフィン、ボクシング、総合格闘技、フェイシングなど、ありとあらゆる競技や力の大会などに出て、一番を誇っていた。


 女性からは黄色い声援、男性からは大人からも鈍くドス黒く目尻が鋭い視線を送られていた。


 それでも自身に近づけば、それなりに女子と関われるから、周りにはたくさん男子がいて、慕われているような素振りを見せていた。もちろん、自身に対して近づく男などそういう目で、自分を見ている者がほとんどだと知ってたら。


 女子たちが時折、妙に目をギョロギョロとし、こちらをネットリとねぶるような視線を送っていたのも知っている。


 それなりに高等な学校に通い、優秀な生徒たちが集まったのに、その中でも圧倒的に一番の実力者であったのは、運が良かったのか、運が悪かったのかは分からない。


 しかし、どちらにしてもジマユの未来が暗いことは明らかだった。

  

 なぜなら、ジマユの家は表側では大がつくほどの、ありがちな豪邸がある貴族であったが、その裏側は闇に手を染める家、というか団体であった。

 

 母親と父親は決まった者はいるが、その他は曜日によって変わる。だからジマユは両親というのがどういう存在か分からない。


 そして、早くから男性女性の業の部分に蟻を踏み入れてしまったせいで、人間不信気味になっていた。


 だから自分以外の者を、目的のための道具だと認識することができ、その利点を躊躇なく使える。だから結果的にはこの『チェリジュン』のトップは、彼にとって天職なのだ。


 徹底的な俺様ワンマンプレイで動くのに、何故かほとんど負けは無く、大敗なんて言葉は彼の辞書には無い。


 買っても負けても、全てがなんのなく上手く進めることができる力がある。それがツンモ・ジマユの最大のカリスマであった。


 組織の中では、もうジマユのことを神が生まれ変わった姿、神に愛された人間、現人神だと思う者もいる。


 もうジマユが戦えと言えば戦う。

 逃げるなと言えば逃げない

 現状に満足するなみたいなことを言えばそれに絶対従う

 死ねと命令されれば意志なく死ぬ。


 そんなことが起きてもおかしくないと、団の人たちで噂している者もいた。


 そんな神の子、ジマユは普段どのような生活をしているのかというと。


 

 バフッ!! バンバンッ!!!!


 ッッパァン!!!!!


「……ふぅ……こんなもんか」


 水も滴る良い男、なんて言うがこの男にかかれば汗でさえも爽やかな飛沫となる。


 今は、ボクシングの構えでサンドバッグを打つのをやめて、一息ついた。


 一瞬、質素とも言える細身の胴体には、腹筋が凸凹付いて八つに割れている。


 そして今胸筋も大きく発達し、胴体の枠に収まりきらないほどのはみ出すほどの筋骨隆々。腕も大きく筋肉が発達し、タイヤのように厚く大きく見える。そして肢体は大地の如く雄々しくガッチリしている。


 どちらかと言うとわかりやすいマッチョではなく、端正整った銀筋の肉体美を誇る身体である。


 しかし、それは顔より下のパーツの話であった。

 

 顔は口紅がついていないのに、濃い赤色をしている。目はマスカラでも入れているのかと突っ込みたくなるほど濃いアイライン。ピアスを耳や口につけている。


 そして髪はピンクと金髪が混じった色をして前髪アップでパーマがかっており、毛先がどこかフワフワして、初対面の者はその髪をわしゃわしゃしたくなると思う。


 しかし本人は、激しく自分勝手で俺様な性格。顔の派手さと攻撃性がまさに性格を表しているものだった。


 ストレスを抱えれば、とりあえず何かを要るものでも要らないものでも買い、家にほったらかし、その内、内部の物に売ったり捨てたりする。


 もったいないと大体の者が思っている。


 それについては、ある日、その思いを読み取ったのか、ジマユはこう言った。


「俺が買った物だろ? ならどう扱おうと俺の勝手だろ。売るも捨てるも使うも壊すも俺の勝手だろ?」

 

 ジマユの性格そのものを表した言葉と言っても良い。莫大な金を持ち、持ちすぎて生活を持て余した結果、無駄遣いばかりして得てその後にどうでも良い扱いをする。


 ジマユは先程の言葉を、女性にもぶつけたことがあり、その女性は大変傷ついた。


 だがジマユはそんなことは関係なく捨てた。


 決して女には手を出さない体をとっているが、罵詈雑言に責めたり、口喧嘩もゴリ押しで強い。


 そして女に暴力を振るわないが、その周りの物を破壊するなどして責める。そして、他の男たちに襲わせてそれを上から愉しむ悪趣味がある。


 そんな彼は、男女共になぜかカリスマ的に崇められる存在である。もちろん部下も同じくほとんどの者がジマユを神の子だと認識している。

 

「おい」


 パン パン


 手を叩けばたちまち魔法のようにタオルがジマユの元に運ばれる。

 

 これはもちろん本当に魔法で操っているのだ。


「サンキュ」


 短く返事をし、素早く受け取ると、そのまま全身をまんべんなく拭く。そして約十秒後にはその行動は全て終わらせていた。


「戻して」


 そう命令すると、タオルはジマユの前から丁寧にゆっくりと立ち去っていく。


「相変わらず便利なことしてくれるじゃねーか。シットィター」


 そう呼びかけると、ひとりのTシャツ一枚の長駆の男が、ブルブル銃を持って出てきた。


 男は顔や全人の肌が青ざめており、不健康そうな見た目をしている。あまりにも身長が長く、痩せ型だがそれなりに筋肉がついているからか、腹が丸出しになっている。


 その格好を、いつもジマユは気持ち悪いと思っていたが、実力と性格を兼ねて、丁重に扱った方が良いと判断していた。


「お、お、おゔぉ、おばよう……ございます、ジマユ様」


 声を上擦らせ、時折、ヒックヒックと全身の毛を飛び跳ねらせながら、挨拶をした。


 その姿はなんとも卑屈さが極まり、気持ち悪さも際立っていた。


 それが、『チェリジュン』の首切り隊長の

シットィターだ。


「ほ、本日は、だ、だ、誰を始末いたしま、しょうか」


 気弱だがその目は殺人鬼の目をしていた。


「ああ、やっぱりお前は良いよ。すっごく良いと思うよ。こんなに最高なのは、おまえだけだよ」


 そう言うと、シットィターは全身を震えさせて、平伏した。


「あり、あり、ありありありがたきお言葉を〜〜〜〜」

 

(きも)


 そんなことを思いながら、ジマユは微笑みながらシットィターを見る。


「今日は、お前に餌をやろうと思ってさ」


「え、エッッサ!!! ジマユ様からのエッサ!!」


(コイツガチでキモいな)


「コイツ、あとコイツの周りの奴ら、好きにして良いよ」


 ジマユは、無造作に写真を一枚ピラリとシットィターに投げた。


 そこにはフローの顔が載っていた。


「引き受けてくれるか?」


「は、はっっい」


 緊張でガチガチの返事をした。もちろんジマユはそれを見て、キモいと思ったのは言うまでも無かった。

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