第16話 クズなのにモテる奴には容赦する必要ないよね!!



 さて、コイツは外見は良いがそれ以外が何もかもダメだ。だからここで奴がしそうな行動は二つある。


① 単細胞かの如く雄叫び上げて単身突撃


② 周りにいるコイツらを投げ飛ばしたり、血の目潰ししかりするなりする。


 考える限り②が一番最悪だ。俺が作ったこの状況を最大限に使う。俺がなんかミスってコイツらを殺すなんてしちまったら信用が地にまで堕ちてしまう。まあ、乗り切れば一気にこちらにリターンがあるってもんだがな。


 とにかくここでの勝利条件というのがあるなら二つ。


①まずこの変態スーツに勝つ


②周りにいる奴らを一人も殺されずに倒す。


 これ、ゲームだったら絶対難しいよな。

 序盤でやる難易度じゃないとか言われるよな。でもこの俺の状況はゲームじゃない、現実だ。


 誰一人として死なせてたまるか。


 ふと、さっき思い切り鞭を振るってボロボロに殺してしまった奴らを思い出す。

 

 不公平


 そんな言葉が浮かぶ。だけど、それでも今いるコイツらは死なせたくない。なんとなく分かるからだ。上から使い捨てにされる最悪な気分を。


「売女ぁあ!!」


 いきなり変態スーツは叫ぶ。すると、カミソリがまるで茹で上がるように、何やらボコボコとし始める。そしてその部分が肌色に変色し、そうかと思うと、少し毒々しい紫と深緑になる。


 気味が悪いなんて思っている場合じゃない。


 ブォン!!


 カミソリを思い切り振り回す。


「ぬかせこのカスうううう!!!」


 それと同時に少しその色が飛び散る。地面に落ちた時、ジュウウジュワ、と焼く音が聞こえてくる。

 

 溶解液の類であることには間違いない。


 当たったらさらにやばい。一気に致命傷になる危険性がつよくなった。コイツらに当たるのなんてもってのほかだ。


「お前らコイツが出す液体には何がなんでも触れるな!! 溶けるぞ!!」


 そう指示すると、理解が早く叫び声を上げながら慌てて立ち、引き始める。


 これで奴らは避けてくれるはずだ。だけどこう言ったから、どんなに頭が悪くても、ゲスなこの変態スーツみたいな奴には分かっちまう。


 俺があの男たちを庇いながら戦っていることに。


 それを悟ったのか、変態スーツはニチャアと糸引きながら口を開けて嗤う。


「おいおい、お前もしかしてアイツらを庇ってんのかぁ? 天下のフォロボシタン傘下のバカどもなんざ庇って戦うなんざぁ、俺を舐めてんのか!?」


 そう激昂する頃には、もう変態スーツは逃げ惑うアイツらに向けて、カミソリを振ろうと姿勢を整えていた。


「死ねやぁ!!」


 溶解液が放たれるが、そうはさせない。

 

 溶解液の方向に黒鞭を振るう。ブォンとしなるその黒鞭は、変態スーツが放つ液体を弾き消した。


 しかも作りが良いからか、全くその溶解液に触れても溶ける気配がない。依然変わらず金属光沢を放っている。


「クソがあ!!」


 そのまま俺には目もくれずに、アイツらを狙って溶解液を放ちやがる。あんな遠距離攻撃をされたらこちらも鞭で守るしかなくなる。


 そしてその隙にアイツはこちらに攻撃を仕掛けてきても……。


「死ねやあああ!!!」


 野郎、もう一方の手にもう一つカミソリを持ちこっちにも汚い溶解液を飛ばしてきやがる。


 調子に乗んじゃねえ!!


 思わず刀に手をかけたが抜くことはできない。さっきからガタガタ震えているし、やはり片手で抜けないほど硬くなっている。


 ダメだ、さっきからイライラして落ち着かないから抜けなくなっている。心を鎮めようとしても、あの変態スーツのニチャニチャ笑顔がすごくムカつく。今すぐぶっ殺したい。


 刀を使うことができないから、どうするかと言えば、回避アンド防御だ。


 防御は少し難しい。なぜなら俺の衣装は衣服の面積が少ないというか、ほぼ裸に近い格好をしている。だからちょっとの溶解液でもダイレクトに肌に当たってしまう。

 

 こういう時に女であることを後悔してしまう。てかこの格好、胸に申し訳程度のブラがあるだけで、ほぼじゃなくて全裸確定だからな? 


 変態スーツは興奮しているのか、ぶんぶんカミソリをぶん回している。


 気が立っている、両手で同時に武器使用。


 だからなのかこっちへの攻撃が大分雑だ。

 近づいたら分からないが、今のところ全然当たらない。


 チラとアイツらの方を見る。すると大分アイツらとは距離が離れていることが分かった。


 これなら大丈夫かもしれない。俺は鞭を使いアイツらを守るのをやめた。すると、あっちも両手でこっちを狙ってきた。


 野郎、同じタイミングで変えてくるなんて、嫌な野郎だ。

 

 カミソリから汚い色の溶解液が飛び散ってくる。


 それを鞭のしなりが弾いていくが、一向に相手に届かない。

 

「ケヒャヒャ!! どしたどした非力なクソアマぁ!! やっぱり限界か? んん??」


 頭に血が昇りそうになるが、忘れちゃいけねえ。相手の攻撃は俺に全く届いていないことだ。距離が離れていることもあるが、多分あいつが冷静じゃないのも原因だ。


「おいおいお前こそどうしたぁ!? さっきから全くこっちに届いてねえぞノーコン!! 手元がおぼつかなさすぎるなぁおい!!」


 するとあの変態スーツの顔がたちまち怒りの皺ができる。


「ぬかせクソアマ!!」

 

 怒鳴りと同時にますます溶解液の飛び散りが雑になる。だからこっちが近づきやすくなるのは当然のこと。そしてその隙のスペースが丁度真っ直ぐ道が出来ている。


 明らかにチャンス


 おれは真っ直ぐに走り出し、変態スーツに接近しようとした。


 ブォン


「は!?」


 危なかった。真っ直ぐ走っていたが、途中で何かの長物の武器が襲ってきた。


 初めは何かの間違いかと思ったが、どうやらそうではないことが分かった。


「惜しいですねぇ、もうすぐ罠にかかったバカなドブネズミを串刺しにすることができたのに」


 変態スーツが持っているカミソリはいつのまにか、汚くグツボコと煮えたぎる音を立てながら、刃の部分が伸びていた。


 そうか、さっきのあの雑な攻撃で空いたスペースは、俺を走らせるためのルートだったのか。危なかった。もう少し気づくのが遅かったら、


 ファサ ジュウゥゥゥ……


 胸を覆っていた布が二つとも地面に落ちてしまった。これで上半身が全裸、そして下半身も丈がめちゃくちゃ短い毛皮のスカーフだけだ。少し困った。


「はっ」


 するとなぜか変態スーツは、手が止まった。


「なんですかその苦虫を噛み潰したような顔は? やはりただの生娘だ。上半身裸にされただけでそんなに恥ずかしいのか? 頰を染め屈辱に塗れた目を向けるなんてな。運が良かったですねぇ、私にはそのような趣味はありません。ただ、その肉を全て削ぎ落とすだけです」


 そんなに恥ずかしがっている顔をしているか? なんて思ったが……なるほど、こりゃ誤解するわけだ。胸を支える布の大部分が落ちたが、乳首の部分は隠れていた。


 たしかにこの格好で、少し手で防御する形とってたら、裸になって恥ずかしがっているって思ってもおかしねえな。


 だが残念だったな、全然違えよ。


「ハッ」


「ん? 何がおかしいのです? 出るところがしっかり出てるのに慎ましやかな精神を持ってる生娘が、何を笑うことがあるのでしょうか。まさかこれから自分の身に何が起きるのか考えて頭が……」


「悪いが外れだ。全然的外れの唐変木だよ」


 変態スーツの顔から笑みが消えた。


「でも助かったぜ。お前がある意味紳士でよ」


「フッ、何を言うかと思えば、強がらなくて良いですよ。本当は恥ずかしくて恥ずかしてたまらないのでしょう?」


「ハッ、むしろ最高だぜ。勝てるって確信したし」


「は? 今なんと?」


 アホか、二度は言わねえよ。


「それに、お前のそのアホ台詞でこっちの頭はもうメチャクチャ落ち着いたぜ。生きるか死ぬかの戦いでよぉ、体裁気にしている平和ボケがどこにいる!!」


 ブチン!!


 俺は背中に回っていた紐をブチ抜き、僅かな布を取った。乳房の全てが露わになる。


「何!?」


 今だ!!


 奴が驚くか驚かないかの時に俺は走り出した。正直、コイツが本当に女に興味がないのか嘘なのか、なんてのは気にしてねえ。


 だが、コイツの常識では女は裸でまともに戦えないと思っていることがわかった。


 なら、こんなに腕振って胸さらけ出して走る女を見たら、どちらにせよ面食らうだろう。そこを俺は突いて走り出した。


 だが、布が全部無くなったせいか、重い。

 胸の部分が少し重い。そして少し揺れるし下に下がったりもするから、バランス調整ができなくなる。ここら辺が女性の悩みか。


 なるほどブラとかつけるわけだ。恥じらいとかじゃなく、胸の揺れや移動が苦しいからつけるんだ。


「クソ!! コノ!!」


 変態スーツは刃を伸ばしたカミソリをこちらに向けて放つ。もう町は間に合わない、


 だから……


 ガッキィィィィン!!


 カミソリを思い切り弾いたのは、俺の刀なら刀身であった。


 さっきの変態スーツの台詞は挑発だったかもしれないが、俺は逆に冷静になった。ということは、刀を抜きやすくなったのだ。


「何!? 剣に鞭だと!?」


 たしかにその反応は分かる。あんまり剣と鞭を同時に使用する奴は何気にこのゲームでこの装備を使っている者がいなかったからだ。


 しばらく俺たちの力は拮抗していたが、俺が一歩踏み出した瞬間に、変態スーツはヒッと小さく叫び、離れる。


 何が起こったのは初めは分からなかったが、多分、おれの胸についてだ。俺の胸がうごくたびに、揺れるのだ。それが目について驚いて離れたのだろう。


 おぼことか生娘とか、どの口が言うんだ。


「オメェ女性経験無えのバレバレだかんな!?」


 刀がすごく軽い。だから今までで一番力を抜いた状態で、思い切り刀を振るった。


 バグァア……!!


「は!?」


 その時、刀から斬撃に似た波動が放たれた。それに変態スーツは驚愕の声を上げ、思い切りジャンプして避けた。


 ビックリしたのはこっちも同じだった。


 何が起きたのか分からず、刀身の部分を見るが何も変化は無い。


「何ですか今のは!!」


 変態スーツが驚き尋ねるが、もちろん俺は答えない。というかむしろこっちが教えて欲しい。さっきの波動が何なのかを。


 すると、相手はニヤリと顔を歪め嗤う。


「なるほどなぁ、その様子だとお前自身もさっきの現象が何なのかまったくもって分かっていないな?」


「さぁ、どうだろうなぁ」


「フン、もうその反応が答えを示している。それにお前自身もついさっき不思議そうにその小汚い黒刀を眺めていたんだからなあ!!」

 

 なんだよ、結構こっちをガン見してんじゃねえか出歯亀野郎。

 

 ドクン……!!!


 は? なんだ? いきなり腕が重い。


 それに心臓がやけに大きく鳴っている。

 破裂しそうだ。

 

 瞬間、目の前にさっきカミソリの刃についていた溶解液が一面に広がる。


 自然と手は動いた。目の前に溶解液が広がった時から、身体中が熱くなっていた。そして再び刀が軽い。


 不思議だ……目の前に全身を溶かす溶解液の塊な迫っているのに何故だろう。


 ブォン……!!!


 負ける気がしない。


 そう思いながら刀を振った時には、すでに溶解液は刀から出た黒い波動に弾かれていた。


「……おっと」


 ふと力が抜けて、身体中の熱が引いた。


 ふと、刀を見ると僅かに、炭で乱雑に描かれたような、黒く歪な炎が見えた。しかしすぐにそれは刀身に鎮まり、収まっていく。


 まるで波の引き潮のように鎮まっていった。


 それが何なのか調べようと思ったが、今は戦いの集中する方が良い。


 さっき俺が黒い波動で溶解液を弾き飛ばしたせいで、辺りに煙が巻き起こっていた。


 それが晴れたら相手の攻撃が来る。

 もう煙も雲散霧消するころだから身構える。だが、一向に気配がない。初めは隠れているのかと思ったが、全然襲って来ない。


 あの鼓膜の根から腐るような汚い声が聞こえないのはおかしい。そう思いしばらく目を凝らしていたが……。


「なるほど」


 静かに俺は刀を鞘にしまった。


 視界が直線だと見えないが、下を見ると


 もう、舌の草むらと同じくらいの長さで焼き切れたのか、切断面が焼きこげている、人間の両足があるのが見える。


 これだけが、あの変態スーツがこの世にいた証明になるのだろう。しばらくは放心してきたが、やがて戦いが始まる前に身を引いたアイツらのことが気になる。


 アイツらの元に行くか


 ブー ブー ブー ブー


 その時、どこからかバイブ音らしき音が響いた。自分の身体をセルフチェックしてもそういうものは無い。


 探したほうが良いのか考えた時、ガチャ、と受信音がした。

  

「やあ、いるんだろ? フロー」


 この声は朧気に知っている。

 フォロボシタンの一番上の代表取締役であるアーサアの声だ。


 あの性格の底意地悪さがふんだんにこもった声を、忘れることなど到底出来るものではない。


「あれ? おかしいな。返事が無いなんて……やっぱりそうなのかい? 君が僕に逆らおうとしているなんて」


 死刑宣告と死刑執行が一気に来た。

 しかし、その戦慄はすぐに止まった。


「ははは、なんてね。そこまで末端組織であっても信用していないわけはないよ」

 

 胸を撫で下ろしそうになったが、末端組織。複数の組織を束ねる一番上のボスが言うからか、どこかドスの効いた重い言葉に聞こえた。それにその後の信用うんぬんの下りは、明らかな見下しと、逆らうな、という意味が入っていた。


「あ、そうそう。今すぐ僕の所に来てよ」


 は?


「悪いようにはしないさ。まあ衣服とかはこっちで用意するからさ。良い加減嫌でしょ?

 たとえ下位組織の頭でも見窄らしい格好なんて、またったもんじゃないよ」


 こいつ……ゲーム以上にムカつく奴だ。


「じゃあ、一時間後に来てね。そうじゃ無いと、君の今であったお仲間さんたち、全身死ぬけど、良いよね? どうせさっきあったばっかの、数合わせのやられ役のモブなんだし」


 ガチャリ


 俺の返事も聞かずに一方的に切ってきた。


「……くそ……」


 自然と手は拳を握っていた。

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