第15話 名もなき男たちの慟哭にも似た哀歌
「今、なんとクソ申し上げたんですか?」
「ああもうダメだろ? さっきまで取り繕ってたんだからさぁいきなりクソ申し上げたんですかとか、小物のセリフじゃん。恥ずかしくないのか? 自分より遥か格下だと思っている相手にこんな隙つかれるとかさあ。お前じゃなかったら自殺してるかもしれないぞ」
「いいから聞いたことにだけ答えやがれこのクソカスが!!」
「ああもうダメダメそんなに激昂しちゃあ。ほぼ初対面の相手に、品性の無さとか知られちゃダメでしょ。そんなんだから可哀想なんだよお前ら」
「なんだと!?!?!」
「昔からそう教えられたんだろ? 上から親からさぁ、女は馬鹿だの生殖するための道具だとか弱い雄は価値がない女を乗りこなせない男は男として失格とかさぁ。それを違うとか言う奴がいなかったんだろ? そんなの可哀想すぎる。だからお前らは」
さて、ここは最大の挑発場面だ。
ゆっくり俺は自分の眉間近くの頭の部分を人差し指で、トン、トン、と叩いた。
それが何を意味するのか全員わかった。
全員瞼が消えたように目をギョロギョロと見開いた。あのスーツ変態だけ、眉間と鼻に百を超すほど皺を寄せて、ギチギチ歯ぎしりをし、よだれをこぼしている。
「頭が悪いんだ。言われたこと無いか? 低劣な思考能力とかさ」
そこで全員耐えきれなかったらしい。
「アイツをぶっ殺し犯せえええええええ!!!!!!!」
ウォオオオオオオ!!!!!
そう言った時、変態スーツの怒鳴りと共に怒り雄叫びを、この場にいる全ての男たちは上げた。単細胞さが際立っている姿だ。
さてと、この刀を使うのは結構リスクが高い。ならどうするか。少々嫌だが仕方ない。
これはあいつの武器じゃない。
あいつの武器を作り替えて改良した黒鞭だ。
腰につけてある短い黒鞭に手をかける。
一直線に突っ込んでくるコイツらに向けて鞭を、思い切りスナップをかけて横殴りに振るう。
バギギュキュキュキキキギッッ!!!!
骨と肉が引きちぎられ、砕け散る音がした。それが終わりしばらくすると、男たちの怨嗟にも似た断末魔がこだます。
絶句。
流石に聞いてない。ここまで強いのはドン引きだ。こんなに無慈悲な威力があるとは思わなかった。
あの変態スーツの方を見ると、あいつも青ざめていた。さっきまでの深い皺は嘘のように消え、顔面蒼白で汗が滲み出ている。
「い、いけ、お前ら! いけ! いけ!!」
苦し紛れに周りの男たちに命令するが、そいつらは今ので戦意喪失したのか、足がすくんで動けなくなっていた。
すると、変態スーツは先ほどの皺を一瞬で取り戻した。
「おいゴラァアア!! お前ら良いのかぁ!? あのクソアマがアーサア様のとこ入っちまうぞおお!? 入ったらお前らはその時点で死ぬからなぁ!!!」
おいおいマジかよ、そこまでするのかよ。
見ると、男たちは少し震えながらこちらに武器を向け始める。流石に可哀想だろこれ。
「ヘイ! 変態スーツ! あまりにもいじめ過ぎじゃないか?」
すると、ソイツは引き攣らせつつも皺を伸ばしたまま怒鳴り始める。
「てめえみてえなクソアマがアーサア様にお目通りできるわけねぇだろこのくそがきゃぃ!!」
もう冷静さが微塵も無い。最初に会った時の顔が遥か昔に思えてくる。
「やれ! お前ら殺せ!!」
その声と共に再び雄叫び。さっき可哀想って言ったけど、本当にそう思ってきた。
そうだ、俺も前世は男だったからよくわかる。男で、使えない、コイツはダメだとか思われた奴がどんな風に上から、他人から思われて、どんな扱いをされてきたか想像するのは易いことだった。
辛いよな、世の中から落大印を押されるのは……辛いよな……死ぬことと同じ、いや、それより大きいかもしれないよな。
俺もわかる。俺もそんな扱いを受けて生きてきたもんな。だからコイツらが今どんな気持ちで突撃しているかなんとなく分かる。
もう戦う気なんて無いんだ。自分の役割は終わった。自分の人生はこれで終わりなんだ。何の意味もない人性だった。
何も成し遂げられないし誰からも必要とされてない。それどころか誰も俺の名前を知っている人はいないし俺自身も時々忘れる。
そしてもう自分の誕生日や年齢さえも忘れそうになっている。誰からも祝われることが無いし、履歴書なんて物も書くことが無くなったから自分が生まれた年も忘れた。
そんな空っぽな人生を送ってきた俺だ。
(俺が死んでも誰も悲しむ人はいない)
手の力が少し抜けた。
バギィ!!!
何本か骨が折れるような音がしたが、多分さっきに比べるとマシだから死んでいないはずだ。
ぐはっ!!
などと苦痛の声を出し、多くの男たちは地面に転ぶ。
「お前ら起きろこの役立たず!! 最期は誰かの役に立って見せろ!!」
「その辺にしとけよ」
「あぁ!?」
変態スーツが凄むような顔するけど、俺はもうそらどころじゃなかった。
「あ〜もうダメですわ。これはキレたはいもうキレました。こんなにキレたのは初めてです」
俺は進み始めた。律儀なのかそれとも最期に何か残そうとしているのか、鞭で振るった男たちは、立ち上がろうとしている。
「やめろ」
俺は静かにそう言った。
「あんなカスの為に命を足らせるべきじゃねえよ、お前らは」
虚を突かれたように驚き顔をする。
まあ、散々舐めてかかった相手にこんなこえをかけられるのは予想外だったのかもしれない。
「お前らはここで死ぬべきじゃねえ。あんなクズの命令が、最後の任務になるなんて、アタシが許せねえよ」
少し俺の言葉に感動したのか、息を飲み、しゃくりあげる声が聞こえてきた。
だけど男としてのプライドがあるんだろう。何人かは立ち上がっている。
「情けをかけんじゃねえ……敵に情けをかけるんじゃねえぞアマちゃん売女ぁあ!!」
強がりだ。だけどあんなに澄んだ目をするなんて、ついさっきまで下品で殺気立っていただけの淫獣が。こんなに……。
「情けじゃねえよ」
納得していないのか、まだ睨んでいる。
「お前らが死ぬのは、組織としては困るんだよ。戦力の要になる可能性を持っている奴がこんな所で死ぬのはよ。未来の幹部候補や、伝説になる可能性がまだ輝いてんだろ」
その言葉に男たちが全員、目を見開いて顔を上げた。
「その可能性があると、言うのか……お前は」
「当たり前だろ? アタシは嘘やおべっかが大の苦手なんだよ。本気で思ってなきゃ言えねえよ」
そこで、全員が戦意喪失したのか、武器を地面に置いた。
「おい!! お前らいけ!! あいつをころせえ!!」
変態スーツがそう言っても、もうコイツらは動かなかった。
「……きねえよ……できるわけねえよぉ……こんなに優しい言葉かけられたの……生まれて初めてだ……」
「こんな……下っ端風情の俺に可能性を感じさせるこという人なんて……今まで見たことねえ……!!」
今コイツらは何を考えているのだろうか。
多分、上に怒鳴られるぶん殴られる焼きいれられる、中には指何本か取られた奴だっているのかもしれねえな。
嬉しさは時に、恐怖を打ち消すこともあるんだな。俺が勝てる確証も何もないのに、信じることができるのか。
「もう良い、お前らは頼りにならん!!」
すると変態スーツがドシドシ足を鳴らして歩いてくる。右手にはなんか剃刀みたいな武器を持ってる。なんかこの組織はどいつもこいつも独特すぎないか? 性格もそうだが戦い方も。
「いま裏切ったお前ら覚えとけよ!? 戻ったら制裁だからな!?」
コイツらの顔が一気に消沈した。希望のきの字も無く、人生終わったと項垂れている。
「おい、そりゃあお前が生きてたらの話だよな?」
「は?」
「お前が死んだら、最低でもお前伝いでの制裁は無いってことだよな」
とうとう変態スーツの堪忍袋の緒が切れたのか眉間から血管が浮き出て、そこから血管が切れたような血が少し出てくる。
「お前何言ってんだ? まさかお前程度が俺を倒せると思ってんのか?」
「いやお前程度って、お前アタシのセリフだわ。クンチャより格下でさっきアタシが出した黒鞭の威力に」
そこでビシッとおれは、人差し指を変態スーツに向けた。
「ビビってたよな? お前」
図星なのか、ぐぬぬと何も言えない。
「そんな奴に負けるわけねえだろ」
「てめえ!!」
とうとう顔にさえ平静の一文字も無くなった。赤鬼のように顔を真っ赤にして、顔中の血管が浮き出ている。
「ぶっ殺す!!」
ドスドスと走り出すソイツを見て、周りの男たちは震え上がる。
「お前ら何情けねえ顔してんだ!! 堂々としてろ!!」
そう言ったが、男たちはそんなこと言われても、と言うような目を俺に向ける。
その気持ちはわかる。俺が逆の立場ならそう思っている。だけど、今は俺がその立場だ。
どんなことを言えば安心するのか、なんとなく分かる。
「な〜に、お前ら見とけ。お前らを信じた女が、コイツらと一番上のアーサアを黙らせっからよ!!」
そんなに大きく出たのが信じられなかったのか、感嘆めいた声が周りから上がってきた。まずはコイツらには安心感と俺がいることの自信を持たせる必要がある。
そのためにこの変態スーツはここでやる。
「アーサア様を呼び捨てに!! 許せん!! このドブクズ女!! 吐瀉物排泄物のようにガチャクソの液体にしてくれるわ!!」
「やってみろよ、好きな人にだけマゾプレイ要求する変態クソスーツ。てかスーツに合わねえんだよ」
「ぬかせこのカスうううう!!!」
いよいよ、待ち望んだ戦いの火蓋が切って落とされた。
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