第13話 長からの呼び出し
「全く、いつまで待たせる気だったのでしょうか。随分とだらしのないおかしらだ」
村の入り口には、まず、全身が黒い馬車がある。中が全く見えなくしているのが怪しさを際立たせている。
そして馬車のそばに、長身で髪が茶髪のスーツを着ている男がいる。目が細くて物腰柔らかな態度、これがインテリヤクザか。
ここで俺が取ってはいけない行動は考える限り二つある。
一つは、あはは……などと愛想笑いするしてペコペコ頭を下げること。これは両者に舐められるというのを引き起こしかねない。
上からは気味悪がられ、下には上に媚びへつらうのかと思われるかもしれない。
もう一つは同じような理由で土下座や素直に謝ることだ。こういう時はそういう態度をとってはいけない。理由は間違いなく舐められるし、弱いと思われて上から狙われやすくなるからだ。
どこの世界でも、やはり弱い者いじめが大好きなことには変わりない。だからあくまで毅然とした態度を取ることが吉だ。
「悪いな、少し遅くなった。それで? 私たちにどのようなご用事で」
こんな風に微妙に誤っていない言葉をとり話を進ませるのが良い。あっちもそれだけで殺すのは少々大人気ないからな。
「ふん、別に構いませんよ。こちらは用が済めばそれで良いので」
そう言って目の前の男は、ズイと前のめりになり、俺に近づく。
「クンチャが死にました。誰がやったんですか?」
さて、コレについてなんと答えるか。
この場合の答えは既に決まっている。
「申し訳ありません。くんちゃ、とは誰のことなのですか」
出来るだけ小馬鹿にした態度を薄めて、本当か困惑したような態度をとることに努める。流石にすっとぼけて舐めた態度をとるのはこういう世界では一気に寿命が消える。
ギロリと茶髪スーツ男の目が変わった。
今は口角を上にあげてニッコリとしているが、その睨んだ顔を俺は見逃さなかった。
再び前のめりになる。そして……。
「お前は事実さえ言えば良いんだ良い気になるなよザコボッコなんざクソ中のクソだからな? お前程度が殺したところで大した実力者でも何でもねえんだよ。とっとと答えろクソダボ子分庇って良い人気取りなんて間違ってもすんじゃねえぞ? 分かってんなこらだから素直に言えよ飾り売女のカス」
なるほど、どうやら誤解があるようだ。
コイツらは、誰が殺したかとかそういうのはあまり分かっていない。ただ死んだという事実だけ知っているということか。
そうじゃなきゃ俺に部下の誰かがやって庇っていふなんて考えないだろう。
恐らく女の俺がクンチャを倒すなんて考えもしてないんだろうな。
つくづく、こういう奴らは女を舐めているな。ここは言っておかなきゃな。
「あたしがやった」
「……は?」
「あたしが殺した」
「……何を言っている? 女であるお前がか? 冗談を言うのもほどほどにしろ女」
トントン
俺は何も言わずに、腰につけている、ついさっきボヤンにもらった鞭を、人差し指で叩く。
「なんだそれは」
「これが証拠だ」
「あ?」
「これは、あいつが持ってた鞭を、改造して新しく造った武器だ」
その茶髪はジロジロとその鞭を見る。
「……たしかに、この鞭はあいつの鞭に似ている……女、名前は」
「フローだ」
それを聞き、その茶髪は大きく舌打ちした。
「あのガイガイはこんな女にやられたのか。なんだ、大したことなかったな」
おい、後半部分、声をひそませたが丸聞こえだったぞ。てかわざとか? わざとなのか?
「まあ良いでしょう。これから貴方に我が頭領の所に来てもらいます。部下に別れを済ませてきてください」
頭領、恐らくコイツのニュアンスだと、フォロボシタンの一番上に合わせるってことだな。
「分かった、ちょっと挨拶済ませてくる」
再び大きな舌打ち。よほど俺のことが気に入らないようだ。
「さっさとしろよ。逃げたり、いつまでも来なかったらこの村を周りの自然ごと血祭りにあげてやるよ」
こっわ。さっさとしてこよ。
「オカシラ!! もう用は済んだのですか!?」
戻ってくるなりゴンが話しかけてくる。
しかも、何の肉か分からないが串揚げされた物を二本持っている。
「大丈夫でしたか?」
ゴンの後ろからミックが来た。
よし、丁度いい。
「ゴン、ミック。ちょっときてくれ」
早速、二人に話しかけた。二人は一瞬、互いに顔を見合わせたが、すぐにこちらを見た。その目には明確な怒りの火が灯っている。
俺はそれを見て、俺が話したいことを察していることを確信した。そのまま俺は少し村人たちから離れようと移動すると、二人もついてきた。
ダンとボヤンには聞かれないようにした方が良いので、アイツらが遠い所にいることを確認し、移動する。
俺は、ある少し小汚い家の裏に回った。
二人もそれについてきて、深刻な顔をして近づいてくる。
そのまま、あまり人気が無い、森の近くに俺たちは少し進んだ。
多分、ダンとボヤンはうまく播いたと思う。アイツら、とくにダンがいたら面倒くさいことになるのは目に見えている。
「それでだ、さっき俺が呼ばれた内容なんだがな……」
俺は伝えた。村の入り口に変な茶髪の二面性ありまくりの変態インテリヤクザがいたこと。方法は不明だな、俺がクンチャを殺したことがもうバレていること。
そしてさいごに、フォロボシタンの一番上の奴が俺を呼んでいて、それに応じるという話をした。
「悪いな、それで今からあたしはここを出ることになる」
「な!? それって一番上に会うってことじゃないですか!? まずいです!! 確実に死にます!!」
真っ先に否定したのはミックだった。
「オカシラ!! 考え直してください!! 今アイツらの元に行くのは危険です!! ただでさけクンチャなんていうクソカスを傘下組織の頭にしていたんですから!! あの倫理観無しのクソ野郎どもの所に行ったら最後、言葉にできないほど悲惨な間に遭ってしまいます!!」
「うん、ミック。とりあえずお前がものすごく不満と不快感を抱いていたことは分かったがそこれへんでストップだミック。壁に耳あり障子に目ありだ」
「メアリー?
「ゴン、そんなことは言っていないし後者のような言葉は、当て字でもそうそう言わない方がいいぞ?」
よりにもよって、そのホラー映画なら出てきそうなものを言うとは思わなかった。
「はい!! 申し訳ありません!!」
うん、返事はよろしい。
「とにかく考え直してくださいオカシラ!!」
ミックはもう、今にも痛みに耐えきれず、気絶しそうな顔だ。
「わるいけど、引く気は無い。このままアイツについていって、フォロボシタンのリーダーの元に行く。
「いくらなんでも無理ですそれ!!」
珍しく、ゴンが声を荒げる。
「ですから危険ですオカシラ! オカシラが一番上に酷い形で殺されることになりかねたせん!!」
今度はミックが声を荒げて叫ぶ。
「仕方ないさ、ここで断ったらこういう組織の人間ってのは何するかわからない。もしかしたら私たちの故郷。それかここが、村では無く、一帯の焼け野原になることが考えられる。だから行かなきゃならないんだ」
「待てよ!! なんだよそれ!!」
近くで聞き覚えがある子どもの怒鳴りが聞こえたから、そこに視線を移すと、ため息が出そうになった。
いつの間に気づいたのか、俺らのすぐ近くには、ダンとボヤンがいた。この反応はいつから聞いていたか分からないが、俺が今から危険な場所に行くことは理解している。
「いきなり敵のボスって死にに行くようなもんじゃねえか!! しかも行かなきゃここら辺を焼き討ちにする!? ふざけんじゃ……!!」
声を荒げるダンの口に、俺は人差し指を立てて静かにさせる。
「まてよ、ここで騒げば入り口の奴に変に思われちまう。少しでも遅いと感じたら襲うとか言ってるからな」
「上等だよ迎え撃って……!!」
だからあかんて。もう二回目だぞ静かにさせるの。
「それで一番困るのは誰だ? 俺たちか? 相手か? 違う。村人だ。お前は魔物に攫われた子どもたちが戻り安心している時に、厄災を持ち込む気か?」
流石にそれを言われたらたまらなかったのだろう。ダンは口をつぐんで黙りこくった。
すごく不満な気持ちを表している。
「でも……言ったらあんたが……どうなるか分からねえだろ……死ぬかもしれねえし」
死にに行くつもりは毛頭ねえ、なんて言っても、コイツらは納得しないだろうな。
自分が強がり言うくせに、相手が強がり言うのは許せない気質があるからなこいつは。
「なら俺も連れてけ!!」
「だめだ」
予想通りの言葉だったから、返答を瞬間的なら早くできた。
「なんでだよ!!」
「当たり前だろ。言って何になる」
「あんたの役に立てる!!」
「ダンはあたしに負けただろ」
「あんときは……連戦だったからちょっと魔力が少なくなっただけだ!! もうしっかり休んだし、魔力も回復してる。だから連れてけよ!!」
……なるほど、たしかに俺がゲームでやった時は、俺と戦った時より多くの魔法が使えたし、あと結構強い炎を吹くこともできる設定もあった。
だな俺の答えは変わらない。
「たとえそうでもダメだ。アイツは俺一人で来るように言いアタシはそれに応じた。約束というのは大事だと、お前も分かるだろ」
そう言うと、力なくダンは項垂れた。
最も、約束を守るのは大事なんてのは、ダンを納得させる名目だ。
実際は約束を律儀に守ろうとするなんてアホのすることだ。
それにどうせあの男だ。話しただけでなんとなく分かる。あれは騙し討ちが得意な顔だ。
これで納得してくれよ。
「なら……俺はここで待ってる!! あんたが帰って来るまで待ってる!!」
すげえ真っ直ぐした目するじゃねえか。
「お、俺も、待ってます」
隣のボヤンも肩に力を入れて答える。
「お、俺もです。オカシラ」
ミックもそう言った。
「俺もオカシラをここで待つ!!」
もちろんゴンもだ。
こいつら、良い奴すぎるだろ。ゲームで名前を見ることが無かった奴らが、こんなに良い奴だとは思わなかった。
パシーーーーン パシーーーーン!!
ヒヒーーーーーーーン!!
鞭の音、そしてそれに応じる馬の嘶きが耳に入ってきた。
出入口の方を見ると、あの男が催促するようにこっちを睨みつけて、馬に鞭を当て続けている。
どうやら、これ以上待たせるわけにはいかないらしい。
「お前らありがとな。約束する、アタシは必ず戻ると。だから、ここで待っていてくれ」
全員、力強く頷いた。
「じゃあ、ミック、ゴン、残りの部下たちを頼んだ」
「「分かりました!」」
そう言うと、二人は部下たちの方に向かう。残るはダンとボヤンだけになった。
「ぜってー戻ってこいよ。ぜってーだかんな。ゼッテーゼッテーだかんな!?」
ダンはそう言ったが、ボヤンは何も言わずに、力強くこちらを見ている。
「ああ、安心しろ。必ず戻る」
そう言って、二人に背を向けた。
目の前にあの変態スーツがニチャニチャ薄気味悪く笑っている。
さて、生きて帰ってくるって言ったんだ。
いくら約束は必ず律儀に守る必要は無いといっても、この約束は絶対守らなければいけないな。
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