【短編】金持ちにNTRされた幼馴染に「よりを戻そう」と言われて断ったけど、その後の彼女が心臓バケモンだった話

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【短編】金持ちにNTRされた幼馴染に「よりを戻そう」と言われて断ったけど、その後の彼女が心臓バケモンだった話





「断る」

「うぅっ……!!」




 幼馴染の上道うえみち杏夢あむの頼みを、俺、矢吹やぶき正彦まさひこは一蹴した。

 わざわざ俺の大学のキャンパス内のカフェに来てくれたのに申し訳ないが、だからってさっき彼女が言った頼みを承諾するかというとNOだ。




「よりを戻そうと言われても、俺はもう君とは関わりたくないんだ。ごめんな、杏夢」

「ねぇマー君……もう一度チャンスを頂戴? また昔みたいに仲良くやろうよ!」

「その昔の思い出を汚したのは、君自身だろ」




 昔と全く変わらないあだ名で、俺のことを呼んで来る杏夢。

 はたから見れば微笑ましい光景なのかもしれないが、その事実に俺は反吐が出ていた。




 確かに幼稚園の頃の俺たちは、実の兄と妹のように仲が良かった。

 中学に入って、異性として意識し合い始めた結果、付き合うことにもなった。




 

 だが、そんな関係も、あの日すべて打ち砕かれた。

 高一の夏の日、ラブホテルから金持ちの先輩と出て来る彼女を見た、その日に。

 そう、あの日俺は彼女を寝取られ、彼女は俺を裏切ったのだ。




「大体君には、同じ大学へ行ったあの金持ちの先輩がいるじゃないか。あの人と一緒になればいい」

「マー君も知ってるでしょ……あの人は最低のクズだったのよ! だから詐欺に加担して捕まっちゃったのよ!!」

「三年付き合っておいて、彼を庇う気もないのか。俺のこともそんな風に裏切ったわけだな」

「そ、それは……」





 杏夢の言葉は、全てが白々しかった。

 なびいた先輩のことを今になってクズ呼ばわりしてはいるが、誠意が一つも感じられない。

 本当によりを戻す気があるなら、明らかに彼に買ってもらったであろう高級バッグやネックレスなどをつけてここにはこないはずだ。




女性ひとと待ち合わせてるんだ、俺。君と二人でいると勘違いされかねないし困るんだけど」

 ある種の牽制のつもりで、俺はそう言った。

 これ以上何か言ってきたら、すぐに席を立って立ち去るつもりだった。

 そもそも俺がこの場にいるのは、こいつに会うためではなく、今の恋人―――大学の先輩の賀茂川かもがわまといさんに、話したいことがあったからだ。

 こいつなんかには何の用事もない。今この瞬間も、これからも。





 「………………わかったよ、マー君」





 その一言に、それまで視線を合わせなかった俺も流石に彼女の方を振り向いた。

 グズグズ言い訳を言ったり泣き出したりするかと思ったけど、意外にすんなり引き下がったことに驚いた。

 まあ、だからって許す気なんか毛頭ないけど。






「でも最後に、一つだけ言わせて?」

「…………好きにすれば」





 今立ち上がって、即刻彼女の元を離れたって良かった。

 彼女のことは、とっくに過去の思い出にしたつもりだったから。

 だが、俺は立ち上がらずに、彼女の言葉を待った。

 おそらく、あまりにも突然のバッドエンドを、せめて円満なビターエンドにしたかったのかもしれない。





「マー君は…………」





 この言葉を聞き終われば、俺と彼女の縁も切れる。

 上道杏夢は、俺の人生の登場人物ではなくなる。

 そう思って、俺は何気ないふりをして、そっと心中で、耳をかたむけた。

 とっくに捨てたつもりでいた、でも捨てられないでいた何かを、今度こそ捨てる覚悟で。










 



「………………………………ネットワークビジネスって、知ってる?」













 ……え?










「簡単に言うとね、私がAさんって人にサプリメントを売るとするでしょ? で、その後、Aさんが、Bさんにサプリメントを売るでしょ? そうすると、そのAさんの売り上げの何割かが、私にも入って来るっていうビジネスなんだよね」





 ……マジかよ……





「でね、BさんがCさんにサプリメントを売るでしょ? その場合、Bさんの売り上げもAさんのところに帰って来るよね? でも、それだけじゃないの。BさんからCさんに売り上げた分の何割かが、Aさんにも、私にも入って来るんだよ。私今、ウェイリージャパンってところでそういうビジネスをやってるの」

「……………………何考えてんの君…………?」





 …………スゴいな…………




 ……………………スゴいなこの娘……………………!!!




 …………今の俺とこの娘の関係性で、それやってくるのスゴいな…………!!!!





(一万回生まれ変わっても恋愛対象としては見れんだろうけど…………)






◆   ◆   ◆






「……それで、マー君は高校生の頃の同級生で、今でも会ってる人っている?」

「い……いないけど」




 テーブル上に鞄から出したサプリメントをズラっと並べてまくし立てるこの娘のスゴさにただただ気圧された俺は、思わず質問に答えてしまっていた。

 一周回って、もう少し様子を見てみたいと思ったから。

 間違っても恋愛対象ではない。観察対象として、だ。




(確かに昔の知り合いだけども……)





「でもほら、今何かと不景気でしょ? だから、みんなに少しでもーって思って、今こういう活動してるんだよね私」

へ……へぇ(全然一つだけじゃねーし……)



 気がついたら、思わず頷きながら聞いてしまっていた。

……話術もすごい引き込まれる……

……俺と彼女の関係じゃなければ即承諾していたかもな……




「勘違いしてほしくないのはね? このネットワークビジネスって、ネズミ講とは全く違うビジネスなんだ。あっちはもちろん違法なんだけど、こっちは合法なんだよ」



 

 仮に今彼女の算段通りに話に乗ってたらどうなるんだろう俺。

 恋人だけじゃなくて友達まで失うハメになりそうなんだけど。

 俺のことを、しゃぶればしゃぶるほど味がするチキンバーか何かだと思ってるんじゃないのか彼女。

 少なくとも人間扱いしていたらこんな行為は絶対にしてこない。




「ネズミ講は会員になって会費を払うっていうビジネスだけど、ネットワークビジネスはちゃんと商品を取引している、っていうのが違いなの」





 そもそもまだ大学生の時点でこの話術と心臓って、真っ当に卒業してたら大手内定取り放題だろ……で、営業回って契約取り放題だろ……

 こんな凄い人材を見逃すなんて日本企業もどうかしてる……

 でもこっちの道に行く前に彼女を引きとめられなかった日本社会全体のミスか……





「おかげで私、このビジネスでこないだは二百万も稼いだんだ!」





 それどころか、生まれた時代が時代なら歴史に残る英雄になってただろうな彼女……

 敵国へ和平会議に赴く外務大臣とかで……

 今この国平和だからただただバケモンでしかないけど……






 そもそもこういうのって普通カフェとかファミレスのチェーン店でやるのに……

 心臓バケモンだから半分くらい公共空間のキャンパス内のカフェでやってる……

 しかもオープンテラス…… 





「……というわけで、やりたいなって思ったなら、この契約書にサインしてくれないかな? 手数料として六十万円かかるんだけど、大丈夫だよ! 私みたいに全力で取り組んだらすぐに取りもどせるから」





 ……結果的に俺の元を離れてよかったのかもな……

 裏切った幼馴染に更にマルチ商法の勧誘してくるような人物、絶対俺や寝取った先輩ごときの手に収まる器じゃないわ……

 ある意味過去のことをポジティブにとらえられる気がしてきた……





「あっ、もちろん嫌ならいいよ? 怪しいかもって思う気持ちもわかるし。その場合は、今すぐこの契約書を閉まって帰るから」




 


 で、全然奢ろうとしないっていう……

 普通この手の連中ってこういう場では信頼させるためにまず奢るのに……

 心臓バケモンだから奢らなくても話術だけで信用してもらえるって思ってんのな……

 もしくは俺のことを虫ケラレベルでナメてるから……





「ただね? 私こういうビジネスをしてると直感でわかるんだ。マー君は絶対に、ぜーったいに、私と同じ道を歩んで成功できる人間だって!」

「誰が誰に言ってんの……?」





 つーか高そうなネックレスやらバッグやらを着けてるなって思ってたら、これ彼氏が金持ちだったからとかじゃなくて、そっちに行ったからだったのかよ……

 ……というかあの先輩が詐欺で捕まったってことは……

 一時期その先輩と一緒にこの手の商法をやってたんだな……




 だとしたらあの先輩は踏み台にされたというか、ミイラ取りがミイラにされたというか……

 なるほど彼女はあの先輩に女にされたけど、ただ女にされただけでは終わらなかったんだな……





 ある意味で過去の答え合わせが出来て、ある意味で自分の気持ちを清算できた、と思ったその時だった。




 




「矢吹君」

「い゛っ!? せ、先輩っ!?!?」

 突然の聞き覚えのある女性の声に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺は振り向いた。

 今の俺の恋人、賀茂川先輩だった。






「えっ…………彼女、誰なの?」

「ちっ、違います。彼女とは何も…………」

 彼女の顔には、見るからに疑惑の色が浮んでいた。

 ヤバい。

 さっき俺が杏夢に言った勘違いが現実になってしまった。





 徐々に疑いの目を強める賀茂川先輩を前に、目の前の元カノは。





「あっ、そこの方もご一緒にどうです? 今矢吹さんに、ご紹介しているビジネスがありまして。もう超超超お得なビジネスなんですよ!」




 先ほどまでの友達口調が嘘のように、めっちゃ営業スマイルの営業口調になって無関係の賀茂川先輩に詐欺の片棒を担がせようとしていた。




「せっ……先輩、行きましょう! 今日は話したいことがあって……」

「なんと、我々のネットワークビジネスに協力するだけで、六十万円が何倍にもなって帰って来るんですよ!」




 その場から引き離そうとする俺にも構わず、先輩すらも勧誘しようとする杏夢。

 賀茂川先輩は、その一言に。







「……面白そうね」

「待て待て待て待て待て待て待て待て!!!!!!!」






 思わず上下関係も無視した口調で、俺は席に座る賀茂川先輩を引き留めた。






 正直、彼女が標的になると危ないとは思っていた。

 見た目クールだけど、結構天然なところがあるから。

 だが彼氏という立場上、俺は死んでも彼女を引きとめなければならない。

 今手に入れた幸せごとこいつに奪われてたまるか。





「なるほど、このサプリメントを友達に売ればいいわけね……」

「行かないで、先輩、行かないで!!!」




 

 一瞬先輩美人だから意外とうまくいきそう、とかそんなことを考えてしまったが、それを必死で振り払いながら俺は止めた。

 しかし、聞く耳を持ってくれない賀茂川先輩。




 

 このままだと俺は、二回連続で恋人を寝取られる。

 寝取られた彼女に、今の彼女を寝取られる。

 そんなの、いやだ。絶対。




 …………仕方がない。

 もっとムードのある場所でやろうと思っていたことだが、彼女をここで引き留めるには、今ここでやるしかない。




「先輩……いえ、纏さん!!!」




 先輩を名字や愛称ではなく、名前で呼んだ。

 今後は彼女をそう呼びたい、という思いと、彼女の名前を変えたい、という覚悟からだった。





 杏夢の言葉に聞き入っていた先輩も、いつもと違う俺の呼び名に振り向いてくれた。

 




 俺は掌大の箱を取り出して、彼女に見えるように開けた。

 そして今夜彼女に見せようと思ったものを、彼女に差し出した。

 指輪だった。









「結婚してください」

「正彦君……………………………………………………」











 指輪を見た先輩は、うれし泣きの表情を顔に浮べて立ち上がり、俺に抱き着いてキスしてくれた。





 それが、彼女―――今の矢吹纏という妻へのプロポーズの瞬間だった。

 俺の思いを彼女が受け止めてくれたことへの喜びは、今になっても忘れられない思い出だ。





「あっ皆さんもどうです? 一緒に簡単にお金儲けができるビジネス、やってみませんか?」





 将来を誓い合った俺たちのすぐ側で、いつの間にか幼馴染が巧みな話術でキャンパス内の学生たち相手に勧誘を行って人だかりを作っていたのも、違う意味で忘れられない思い出だ。













◆   三年後   ◆











「ねぇ、見て、正彦君」

「………………………………………………先輩かわいい」

「はいはい、今見るのは私じゃなくてスマホの画面ね」 

 纏先輩―――妻になってくれた女性ひとなのに時々いまだにこう呼んでしまう―――のスマホ画面を見せながらのその一言に、俺は向き直った。

「この会社の名前、どこかで聞いたような気がするんだけど……知ってる?」




 今日は日曜で、二人とも仕事は休み。

 家賃を折半している自宅のアパート内で、二人でソファーに並んで座り、テレビを前に名作映画の上映会ということになっていた。




 三作目の恋愛映画を観終えて夜も更けだし、イチャイチャ……それはもうイチャイチャし始めるタイミングを探っていた、その時だった。

 握り合っていない方の手で持っていたスマホを操作して纏先輩が見せてきたのは、スマホの画面に映るニュース記事の見出しだった。

 ふとスマホで時間を確認していたところ、たまたま通知で目に入ったニュースが気になったらしい。




【(株)ウェイリージャパンの職員十五名、特定商取引法違反の容疑で逮捕】

【マルチ商法の疑い】

【なお、役員数名が現在逃走中】




(…………………………………………………………捕まったのか)

 先輩に聞えないように、小声でそう呟く俺。

 遠い日の思い出を振り返るように呟けたことに、内心ほっとした。





「昔の知り合いが関わってた詐欺グループですよ。もちろんそいつが関わってるって知ったのは、縁を切ったずっと後のことですけどね」

「へぇ……愚かな人たちね。今時マルチ商法での詐欺が通用するとでも思ってたのかしら」

 先輩の一言を聞き流しながら、俺はふとあの日のことを振り返った。

 あの心臓バケモン女の詐欺師生活も、これで終わるのかな……捕まったのが今なら、今までにいくら稼いだんだろ……

 ……って、そんなのどうでもいい、もうあいつは思い出でしかないんだ。

 それより今は先輩と……と思った、その時だった。





 ピンポーン!





「あれ、こんな時間に誰だろ」

「ハァ……俺が行きます」





 

 何とは言わないけど折角良いところだったのに、と内心で毒づきながら、俺は玄関へと向かった。

 先輩が勧誘に弱い以上、二人でいるときは必然的に俺が来客を迎える担当になる。







 ガチャ。







「久しぶり、マー君」

「帰れ」

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