八日目
年貢の納め時、彼女はそう言った。
確かにその通りだ、と思う。北へ北へとがむしゃらにペダルを漕いできた僕だったが、もうこれ以上先へ進むことはできない。この先に待ち構えているのは、日本最北端の宗谷岬。
稚内の街並みはすでに遥か後ろ。小さな漁村も通過した。日本最北のコンビニも見た。今、僕の視界いっぱいに広がっているのは、茫漠たる灰色の海ばかり。力の入らない足が、時々ペダルを踏み外す。一歩を踏み出すごとに腿の筋肉が悲鳴を上げ、尻や肩までもがそれに同調する。
それでも僕は、自転車を漕ぎ続ける。
やがて、太陽が中天にさしかかる頃。
僕の旅は、拍子抜けするほどあっさりと幕を下ろした。
宗谷岬の眺めはなんだかちょっとした公園か道の駅のようで、事前に空想していたようなドラマティックな趣は微塵も感じられなかった。芝生に駐車場、何軒かのレストランや土産物屋。それに、日本最北端の地であることを示す、三角形のモニュメント。大勢の観光客たちがそのモニュメントの前で記念写真を撮っていたし、駐車場は車やバイクで溢れかえらんばかりだった。
そんな喧騒の中にあっても、彼女は一目でわかった。
周囲には目もくれず、ただやってくる僕だけを見つめる女の子。その目には限りない優しさが湛えられていて、不覚にも僕は涙さえこぼしそうになった。
初対面のはずの彼女は、まるで知己に再会したが如く気楽な拍手で出迎えてくれた。
「お疲れ様」
「ありがとう──待った?」
「少しだけ、ね」
「本当に、来てくれたんだな」
メリーさんは微笑した。口角だけを上げたその控えめな笑みはいかにも日本人的で、メリーという名とのギャップは、僕の心に奇妙な震えをもたらした。
「言ったでしょ、地の果てまでも追い詰めるって」
「それで、この後はどうするの? 例のあのセリフでシメるのかい? ほら、今あなたの後ろに、ってやつ」
笑みをさらに深くして、彼女はチロリと舌を出してみせた。「こうして相対しちゃった以上、それは使えないでしょ。……いつか言う機会が訪れるまで、私、あなたから片時も離れてやんない」
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