七日目

 そして、翌日の晩。


 十件も溜まっていた不在着信に折り返しの電話をかけると、「遅いっ!」と叱声が飛んできた。


「無事が知りたいからすぐ出るようにって、昨日あれほど言ったでしょっ!」


「ごめんごめん、あんまり夕陽が綺麗だったから、つい見惚れちゃってさ」


「今どこ? 私は稚内市内の宿に着いたとこ」


「僕も稚内。さっきまで野寒布岬にいたんだ。……ところで大丈夫かな、メリーさんに逆に電話をかけるなんて。君たちのルールに抵触しないといいけど」


「大丈夫なんじゃない? 少なくとも、私はそんな決まり事は聞いたこともないわ。それよりどういう心境の変化なの? あなたの方から連絡してくれるなんて」


 言われてみれば、僕から彼女に電話するなんて、確かに初めてだった。


「うーん、なんていうか……まだちゃんとお礼を言ってなかったな、って」


「礼を言われるようなことなんて、何もしてないわ。心霊ホテルのお化けなんかにターゲットを横取りされたら、私の沽券に関わる。ただそれだけよ……あ、でもあなたが無事にうちへ帰るまで、見届けさせてもらうからね。また変な宿を選んだら困るし」


「や、そのことだけじゃなくてさ……ありがとう。この旅の間中、ずっと連絡してくれて」


「何よ、らしくないじゃない」


「ふと思ったんだよ。いくら一人が好きだなんて強がってみたところで、結局は支えられ、見守られ、与えられてばかりの旅だったな、って」


 留萌で立ち寄った自転車屋。店主は僕の壊れた自転車を、いとも簡単そうに直してくれた。

 その日の晩。メリーさんはホテルの危険な訪問者から、僕を守ってくれた。

 どちらのケースも、僕一人の力ではどうしようもできなかったことだ。そればかりではない。この旅の間中、実にさまざまな人たちが赤の他人の僕を気遣い、手を差し伸べてくれた。


「それでね、ふと考えたんだ。与えられてばかりじゃなくて、たまには誰かに何かを与えたい、って。世をすねて、人との関わりを面倒くさがるのは、いい加減やめにしようって……もしもし?」


「へ? あ、ごめん。お菓子食べてた」


「聞いてなかったのかよ!」


「で、なんだっけ。一匹狼気取りはやめにしてコミュ障を克服する、だったかしら」


「聞いてんじゃねーか!」


 笑いながら、ふと思った。

 

 この稚内のどこかに、今メリーさんがいるのだ。

 まだ見ぬ彼女は、どんな姿勢で僕の話を聞いてくれているんだろう。彼女はどんな風に笑うんだろう。


「なぁ。よかったら、直接会って話をしないか? せっかく同じ街に泊まっているんだからさ」


 けれども彼女は、その申し出を断った。


「そんなことをしたら、今までの努力が水の泡じゃない。せっかくここまで追い詰めたんだもの。お楽しみは明日にとっておくわ……先に行って待ってる。明日こそは、年貢の納め時よ」

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