三日目
旅の二日目、つまり茨城を発った日の晩は、彼女からの電話はかかってこなかった。
というか、電話そのものがつながらなかったのだ。何故ならその時僕は、電波の届かない太平洋上にいたのだから。
そういうわけで、ようやく彼女からの連絡が来た時には、僕はすでに北海道に上陸していた。
「もしもし、私メリーさん。今、あなたの泊まっていた健康ランドにいるの」電話の彼女の声は、いくらかほっとした響きを帯びていた。「よかった、もうつながらないかと思った……じゃなくって! 私を置いて行くなんて、いい度胸してるじゃない。今どこにいるの?」
苫小牧港の近くの、安平という町の宿だと告げると、彼女は悪罵のかぎりをつくした。「このバカ! スカタン! アンポンタン! 北海道に行くなら行くって、最初からそう言いなさいよ!」
「まぁまぁ、落ち着いてくれよ」宥めるように僕は言った。「ただの健康ランドを目的に、一〇〇キロ以上も旅するわけないだろ? そこは単なる通過点ですよ、通過点」
「じゃー、正確な行き先を教えなさいよ! アンフェアでしょ! こっちは今どこにいるかを逐一報告してあげてるってのに!」
勝手につけ回しておいて、フェアネスもへったくれもないもんだ。
「ふん、まぁいいわ。せいぜい旅を楽しみなさいよ」
ややあって、気を取り直したらしいメリーさんは、そんな負け惜しみめいたことを言った。「北海道でもハバロフスクでも、どこへなりと行くがいいわ。どれだけ逃げても無駄だってわからせてあげるから」
「おいおい。それじゃあ君、本当にこれからこっちまで来るつもり?」
「当然。用意はいつだって万全よ。飛行機のマイレージだって溜めてるし」
マイレージなんて利用してやがる。怨霊(?)のくせに。
「何か言った?」
「いーや。ただ、メリーさんも飛行機なんて乗るんだなって思ってさ」
「当たり前でしょ。文明の利器を正しく使わないと、この仕事やってけないのよ。あなたもあんなボロチャリなんかで旅してないで、レンタカーを借りるなり電車を使うなりしなさい。危ないわよ。道民は一般道でも、平気で時速八〇キロくらい出すんだから」
「意味ないんだよ、それじゃあ」
「いったいなんだって、こんな無茶苦茶な旅を始めたのよ」
「それは──べ、別にいいだろ。在学中に、何かひとつ自慢できることを成し遂げたかったんだよ。そんなことよりさ」ちょっとどぎまぎして、僕は早口でまくし立てた。「君、僕のことなら本当になんでも知ってるんだな。よくもまぁ、僕の自転車の状態まで調べ上げたもんだ」
「当たり前でしょ。取り憑く対象の下調べは、メリーさんの基本ですからね。あなたのことはなんでも把握してるわ。たとえばいつも一人でランチ食べてることも、ゼミの飲み会をボイコットして顰蹙を買ったことも。あとは所属しているサークルで浮き気味なことなんかも……」
僕は電話を切った。
それ以上プライベートな事情をほじくり返されては、たまったものではない。
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