回想

 そのやりとりが始まったのは、ざっと二週間ばかり前だったろうか。


「もしもし、私メリーさん。今、あなたの大学の学生食堂にいるの」


 最初は暇な知人のイタズラだと思っていた。

 だけど、日が経つにつれて、僕は自分の見解を改めざるを得なくなった。

 他の誰も知らないはずの僕の行動圏を、彼女は実によく把握していたのだ。


「もしもし、私メリーさん。今、あなたのバイト先のカフェにいるの。そうよ、モノレールの駅前のビルの、本屋さんと同じフロアにあるお店」


「私メリーさん。今、あなたがよく一人で行く映画館にいるの。え? ちがうちがう、二号館よ。あの音響にめちゃくちゃ力入れてる方」


「もしもし、私。今、あなたのアパートのそばの大きな公園にいるの。花火大会があるみたいだから、ちょっと見物していくわ。……次はいよいよ、あなたのおうちね」


 噂には聞いたことがあった。毎日じわじわと近づいては電話をかけてくる、メリーと名乗る謎の訪問者(捨てられた人形の怨霊や轢き逃げの被害者という説もあるけれど、無論僕には身に覚えがない)。

 ある日、ついに訪問者は犠牲者の家の前にたどり着く。意を決して玄関の戸を開け、正体を確かめようとする犠牲者。だがそこには誰もいない。安堵に胸を撫で下ろしたのも束の間、またしても電話がかかってきて……。


「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」


 犠牲者がその後どうなったのかは、誰も知らない。語るに堪えない何かがその身に起こったのか、野暮だからあえて語られないだけなのか。


 誰も語らない後日談に、興味はあった。が、彼女が住まいに到達するのを待たずして、僕は東京を発った。

 別に怖くなったわけではない。前々から計画していた旅だったし、それに──意趣返しをしたいという思いも、ちょっとだけあった。

 だって彼女ときたら、僕の事情なんてまるでお構いなしで、電話に出るまでしつこく何度でもかけ続けるんだから。




 かくして話は、冒頭に戻る。

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