第26話 皆世絵雅

     ※


 食事を終えて、帰宅中。

 外はすっかり暗くなっていた。


「ぅ……」


「無理に食べ過ぎたんじゃないの?」


 隣を歩く描世さんが心配そうに言った。

 描世さんは見送ってくれると、一緒に家を出たのだ。


「だな。

 もう少しゆっくりさせてもらっても、よかったかも」


「新さんはもっといて欲しかったみたいだけどね」


「ああ~……」


 帰り際、天動監督に『また、いつでも遊びにきてね~! 絵馬ちゃんも喜ぶから~』と陽気に手を振られたのを思い出す。


「新さんのことは、本当にごめんなさい。

 まさか突然、帰ってくると思わなくて……」


「驚いたけど楽しかったよ。

 美味しいお寿司までご馳走になっちゃって」


「随分、気に入られてたわよね」


「そうなのかな?」


「そうよ。

 ……新さん、そんなに人に興味を持つほうじゃないもの」


 割とフレンドリーな人だと感じた。

 が、描世さんの印象はそうではないらしい。


「元々、配信を見てくれてたみたいだから、それでかもな?」


「う~ん?

 話し好きではあるけど人好きではない……っていうのが、私の感想。

 だから、あなたが新さんに気に入られててびっくり」


 俺に興味があるというよりも、描世さんを通して俺に興味を持ったに近い気がする。


「……私がいない間、二人で何を話してたの?」


「ああ……まぁ、雑談かな」


「雑談ねぇ……変なこと言われなかった?」


「アニメの話とか色々と聞かせてもらったよ」


「……ふ~ん」


 少し気になるようだが、深く踏み込んで聞いてこようとはしなかった。


「……ねえ、皆好くん。

 ちょっとだけ、時間……ある?」


「大丈夫だけど……描世さんは平気なのか?

 もう割と遅い時間だから」


 現在、十九時を回るくらいの時間。

 この辺りは人通りもそれなりに多いが、帰り道に女の子一人というのはやはり心配だ。

「時間は掛からないから……。

 直ぐ近くに公園があるから、そこで話しましょうか」


 描世さんのマンションから直ぐ近く。

 上井草駅から徒歩で数分の場所に、小さな公園があった。


「……この公園、全然変わってないな。

 昔……両親とよく遊びに来てたんだ」


 公園を囲むようにマンションが立っているので、住んでいる子供たちの遊び場になっているのだろう。

 小さい公園ではあるが、遊ぶ遊具はそれなりにあって楽しめそうだ。


「ねえ……何も聞かないの?」


「うん?」


「両親のこと……」


 気にはなった。

 親戚でもない天動監督が保護者になっている理由。

 でも、


「もし話したくなったら、聞かせてほしいかな」


 無理に聞くことじゃない。

 それぞれに、色々な事情があるはずだから。

 いつか話してくれたら、その時は……一緒に描世さんの親御さんの作品を見てみたい。 天動監督が師匠と敬うほどの大天才のアニメを。


「そっか……ありがと」


 いつものクールな表情が緩み、優しい微笑みに変わる。

 その笑顔は夜空に煌めく星たちよりも綺麗に見えた。


「あと……これ、あげる」


 持っていた手提げバッグを渡された。

 中に何か入っているみたいだが、


「見てもいいか?」


「うん。その為にあげたから」


「じゃあ失礼して……って、これ!?」


 入っていたのは一枚の色紙。

 その色紙には、描世さん直筆のイラストが描かれていた。


「やばい! やばいでしょこれ!

 あの短時間で色まで付いてるとか、どんだけすごいの!}


 彼女の世界の主人公にしてヒロイン。

 いつかアニメになるかもしれないキャラクターだ。

 それを俺だけの為に――しかも、


「ペンネーム、決まったからその記念。

 私の一番のファンに、最初にあげたかったから」


 色紙には『皆世絵雅みなせかいが』とペンネームが描かれている。


「……こ、これって……」


 皆好優雅と描世絵真。

 俺たちの名前を組み合わせたのか。


「ちょっと恥ずかしいかもだけど……悩んでてずっと決まらないのも時間の無駄じゃない?」


 自分で決めておいて照れているのだろう。

 意外とシャイな描世さんが、言い訳しながら恥じらう乙女のように頬を赤くしていた。

「それに……同志だって、言ってくれたから……それに、これからは一人じゃなくて、私とあなた、二人で目標に進むことになるから」


 あの言葉が切っ掛けで、このペンネームを考えてくれたのか。


「……ありがとう、めっちゃ嬉しい!」


「っ……そ、そう」


「本気で嬉しくて、涙出てきた」


「それは感激しすぎでしょ! もう……」


 ポロポロと涙が溢れる俺を見て、描世さんは仕方ないなぁと苦笑した。

 明日から、頑張ろう。

 彼女を絵をもっと知ってほしいと誘ったのは俺だから。

 描世さんの想いに応える為にも、責任を持って結果で応える。

 そんな想いをより強くした一日になった。

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